ボクは出会う
「カレーは作った。お米も晩御飯までには炊き上がる。洗濯物も回収して仕舞った。お風呂も掃除してお湯を入れるだけ。あ、お皿だしてないや」
ボクは出かける準備をしつついつもは帰って来てからのんびりやる家事類を超高速で終わらせた。肉と野菜を圧力鍋で蒸している間に洗濯物を回収して畳んでしまう。その後すぐに水を入れてカレーのルーを入れて煮込む。弱火でゆっくり煮込みながらすぐにお風呂を洗いに行く。洗い終わったらすぐにカレーをむらなくかき混ぜる。その後、お米をといで炊飯器に入れてスイッチを入れる。メモを作って帰宅してくる兄たちに指示を書いている最中だった。
「たぶん、お皿の場所もまともに分からないはずだし」
お皿を取り出して台所に積み上げて置いておく。食べ終わったお皿は水の貯めてある窯に冷やして置いておくようにとメモに書いておく。そうしないとカレーはこびりついた汚れは洗うのが大変だからだ。
「これで大丈夫なはず」
そう確信してからボクは自室に駆け込んで肩掛けのバックの中に財布と刃物を入れる。でも、刃物をこのまま持っていたらバックに穴が空いてしまいそうだし、何よりも犯人が今だに逃走しているこの町の警察官に職務質問されたらなんとも同言い訳をすればいいか分からない。とりあえず、タオルでくるんでおこうと思ってタンスの中からタオルを取り出している最中に扉が開いた。
「何してんの?」
高校生の一番下の兄が帰って来たのだ。慌てて荷物を背後に隠す。
「お、おかえり」
「おう、今日は晩飯の用意が早いんだな」
「う、うん。友達とこれから遊びに行こうかな~っと思って。あ、一応準備とかいろいろメモっといたから読んでおいて」
慌ててタオルをバックに捻じ込んで肩にかけて立ち上がる。
「分からないことがあったらメールでお願いね」
ちゃんとメールで聞いてくれるか心配だ。電話なんか出れる訳ないけど。
逃げるようにそそくさと部屋から出ようとするボクに兄の放った棘のある一言に足が止まる。
「そういえば、お前に友達なんかいたっけ?」
「・・・・・・いるよ」
少し考えてから笑ってそう言いかえして玄関に向かって小走りで出かけた。
あの兄は何を考えているか分からない。誰のせいで友達がいないのよ。誰のせいでボクは同じことを毎日繰り返しているのよ。誰のせいでボクは何もできないでいるのよ。あいつらはボクのことを何もわかっていない。
家族に縛られ好きなことをするだけの時間を奪われている。そんなことになんで兄たちは気付かない。いや、そもそもあいつらは自分勝手だ。ボクが家事をやることが当たり前で普通なんだ。だから、誰もボクは偉いねとか辛いね、手伝おうかとか言わないんだ。ボクをただの家事をやってくれる家の付属品のひとつとしか思っていない兄なんか嫌いだ。
でも・・・・・。
ルーを買ったコンビニに立ち寄って暖かい缶コーヒーと菓子パンを買っていく。財布を取り出すときに埋もれたタオルの中から出てきた銀色の刃を持つ刃物を見てにやける。きっと、犯人はボクのことばかりを考えるに違いない。決定的なものをボクは持っているのだから。
この興奮を表に出さないようにして会計を済ませる。
学校は部活が終わった生徒たちが次々と校門から出てきている中、僕は逆走する。まだ開いている校舎の中に忍び込んで身を潜める。暖房のかかっていない教室は肌寒くて凍えてしまいそうだ。それを温かい缶コーヒーでごまかしながら息をひそめる。
持ってきた携帯電話で時間を確認する。まだ、7時だ。殺人犯さんが動き出すのはこれから6時間くらいあとかもしれないし、もしかしたら来ないかもしれない。机の影に隠れながらマフラーで顔の周り包んで体を丸くして寒さから耐える。ゆっくり目を閉じる。
その時、ほんの一瞬だけ夢を見た。ボクの全身を包み込むようにやって来た黒いオーラに覆われていく。怖いけど、僕自身は恐怖に怯えていなかった。逆にその恐怖に襲われる感覚自体が快感だった。オーラに包まれて目の前が真っ暗になって目が覚める。
「寝ちゃったのか」
目をこすって携帯で時間を確認すると時間はすでに日付が変わっていた。そろそろ、来るかもしれないと思い場所を移動する。教室の戸をあけて廊下を覗くと音も何もないその廊下は不気味だったけど、ボクは恐怖を感じるどころかわくわくした。お化けが出てきたら面白いと逆に思って出てこないかなって思ってしまう。
ボクは安定した生活を好まない。つまらない日常を送るのはもう十分だったから何か違う刺激を求めていた。刺激を求めるためには行動を起こさないといけない。例えば、部活をやるとか趣味を見つけて没頭するとか彼氏を作るとかいろいろ方法はある。そのどれもボクは行ってこなかった。できなかった。そもそも、ボクはなんでこんなに家事を率先してやっているのか覚えていない。でも、やらないといけないというボクの中でリミッターのようなものがかかっている。やらなければ、ダメなんだという誰にも指示されていないのに指令をずっと守っている。その指令を破ればこんな危険のない刺激的な日常を過ごすこともできたかもしれないのに。ボクは誰かに呪われているんだ。家のことはすべてやれって。
何か出てきそうな雰囲気を醸し出す学校の中を歩いているとがさがさと言う音がボクの向かっている先で聞こえた。それは自転車置き場のあるところだ。あそこは枯葉を固めてあって歩くだけで音がする。それにこんな時期になっても頑固に生える雑草が乱雑に生えている。それを潰す音も聞こえる。その音はゆっくりでなるべく音をたてないようにしていた。
本当に来た。ボクの求めていた人を殺した殺人犯さんがやって来たのだ。ボクのバックの中に入っている老夫婦を殺したのに使った刃物を探しにやって来た。
そう思った瞬間、ボクの中で血流と鼓動が早まって興奮状態になった。
やった!来てくれた!ボクのために来てくれた!
興奮を抑えながらばれないように適当な廊下の窓のかぎを開けて外に出る。
ゆっくりとボクが刃物を拾ったあの場所に歩み寄る。消そうとしても消せない足音をなるべく立てないようにしながら。
どんな人なんだろう?男か女かと言われたきっと男だ。もし、この場面を見られたらボクはどうなっちゃうのかな?すぐに殺されちゃうかな?この興奮をくれたのならそれでもいい。もしかしたら、犯されるかもしれない。それでも別にいい。ボクの持つ犯人さんを黙らせる道具を使えば、彼はずっとボクの物だ。
すると校舎の角で聞こえていた足音が消えた。もしかして、気付かれた。
そう思った瞬間、心臓が爆発するかと思うくらいの緊張感に襲われる。それがまた心地いい。
探り合い何てまどろっこしいことはしない。ボクはあなたに会いたかったんだよ。殺人犯さん。
「そこにいるのは殺人犯さんかな?」
声はなるべく周りに聞こえない程度の音量で。ここで見つかったら僕にとっても犯人さんにとっても面白くない。
「いるのは分かってるんだよ」
止めた足取りを前に進める。怖いよ。でも、楽しい。
「大丈夫。ボクはあなたの味方だよ」
だから、安心してよ。あなたはボクの言うことを聞かざるをえない立場だということを改めてほしい。
「証拠がなければ、ワタシは信じない」
初めて声を訊いた。ワタシって言うことはそうか・・・・・女の人なんだ。女は男のように力がない弱い存在だ。女のその力には男でも敵わない。いいよ、それでもおもしろい。
「そう言わずに。あなたはすでにボクの言いなりになるしかない運命なんだよ」
「どういうことなのか。ワタシにはさっぱり分からない」
まずいな。子供だと思って油断して声を出してしまったが民家がすぐそこだ。このままだとワタシがここに来たということがばれてしまう。
「ここだと犯人さんには都合が悪いかもね。民家が近いし」
「分かっているじゃないか」
「フフフ。だって、ボクはこれを見つけてからずっとあなたに会いたくてうずうずしてた。何も変わらないこの毎日にボクは飽き飽きしていたんだよ。同じくことを繰り返しているだけだとボクの心は腐り果てて死んでしまいそうだった。そんな時に起きた日常ではない出来事。ボクはうずうずが止まらなかったよ。ありがとう。犯人さん」
そして、ボクは校舎角から姿を出した瞬間、懐中電灯の光を浴びる。そこにいたのはボクの予想外の人物だった。
「お、男の人だ」
「お、女の子だと」
一人称がワタシだから女の人だと思ったけど、よくよく冷静になれば低い男らしい声をしている。黒い革ジャンにジャージ姿、整えられていないぼさぼさの黒髪で短髪の髪にクマのある死にかけた魚のような目をした男。容姿はしっかり正装すればかっこいいだろうなという感じの人だ。
向こうもボクの一人称のせいで性別を勘違いしていたようで戸惑っていた。でも、男の人の割にはビクビクと身体を縮ませて臆病にも震えていた。その姿がかわいい。
「やっと会えたよ。犯人さん」
どうしてこんなところにいるんだよって顔をしているからさっそく例の物を取り出すとすぐに察してくれた。
「な、なんで君が」
驚いてる、驚いてる。
「あなたとボクの立場はすでに確定しているんだよ」
そういってボクは殺人犯さんに向かって刃物を取り出して刃をなめる。
鉄の味が舌を伝わってくる。おいしいものじゃないのは分かっている。
でも、この感覚は溜まらなかった。




