電話
電話を切った。
画面には、さっきまで話していた君の名前が残っている。
四時間。
たった四時間と言うべきなのか、それとも、四時間も話せたと言うべきなのか。
僕には、まだわからない。
君が眠そうに笑ったこと。
何気ない話で一緒に笑ったこと。
どうでもいいような話なのに、いつまでも聞いていたかったこと。
全部、嬉しかった。
だからだろうか。
電話が終わった途端、部屋がひどく静かになった。
「……寂しいな」
誰もいない部屋で呟いた。
さっきまで、あんなに近くに感じていたのに。
スマートフォンを見つめる。
もう一度、電話をかけたら迷惑だろうか。
そんなことを考えて、やめた。
君にも君の生活がある。
君にも君の時間がある。
僕だけのものじゃない。
そんなことは、わかっている。
わかっているのに。
もう少しだけ話したかった。
もう少しだけ、君の声を聞いていたかった。
君にとっては、何気ない四時間だったのかもしれない。
でも、僕にとっては違った。
君と話せる時間が、今の僕にとって、何よりも幸せだったから。
だからこそ、怖い。
この時間が、いつかなくなってしまうことが。
君が僕と話すことに飽きてしまうことが。
いつか、別の誰かの隣で笑うようになることが。
考えたくないのに、考えてしまう。
僕は、君の何なのだろう。
友達?
それとも、ただ話しやすい人?
以前、君は言った。
『お兄ちゃんみたい』
嫌じゃなかった。
君が僕に安心してくれていることが、嬉しかった。
僕と話すとき、無理をしなくていいと思ってくれていることが、嬉しかった。
でも。
ほんの少しだけ、思ってしまった。
いつか、その安心感が恋に変わることはないのだろうか。
君が僕のことを、ただの話しやすい人ではなく、一人の男の子として見てくれる日は来るのだろうか。
そんな期待をする自分が、嫌になる。
君は、正直に話してくれた。
今は自分の気持ちがわからないこと。
僕の気持ちに応えられると約束できないこと。
変な期待をさせたくないこと。
その言葉は、優しかった。
僕を傷つけないように、考えてくれた言葉だった。
だから、責めたくなんてない。
君が悪いわけじゃない。
僕が君を好きになったからといって、君も同じ気持ちにならなければいけない理由なんてないのだから。
それでも。
好きになってほしいと思ってしまう。
僕を選んでほしいと思ってしまう。
君が誰かに恋をするなら、その相手が僕だったらいいのにと思ってしまう。
こんな気持ち、君には言えない。
言ってしまえば、今の関係が変わってしまうかもしれないから。
君が安心して話せる場所でいたい。
君がつらいとき、頼れる人でいたい。
君が笑ってくれるなら、それだけでいい。
……なんて。
本当は、そんなに綺麗な気持ちだけじゃない。
僕だって寂しい。
僕だって、誰かに愛されたい。
君にとっての特別になりたい。
誰よりも近くで、君の笑顔を見ていたい。
君が僕に向けてくれる優しさを、いつか恋と呼べる日が来たらいいのに。
スマートフォンの画面が暗くなった。
そこに映った自分の顔は、少しだけ情けなかった。
「……好きなんだよな」
口にした途端、胸が苦しくなった。
好きだ。
どうしようもないくらい。
だから、困っている。
どうすれば君のそばにいられるのか。
どこまで近づいていいのか。
どこから先は、君を困らせてしまうのか。
答えなんて、どこにもない。
ただ一つ、わかっていることがある。
明日もきっと、君からの通知を待ってしまう。
君が元気にしているか、気になってしまう。
ちゃんとご飯を食べているだろうか。
今日も笑えているだろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
そして、また君と話せたら、きっと嬉しくなる。
たとえ電話が終わったあと、今日と同じように寂しくなったとしても。
それでも僕は。
君の声を聞きたいと思ってしまうのだ。




