『○○しないと出られない部屋』に閉じ込められたカップルは、どうやって打破する?
「開かない」
ドアノブを何度か回した彼がポツリと言った。
気付いたら真っ白な壁の部屋に閉じ込められていた。何が起こったのかはまったくわからない。
扉の他にはダブルベッドだけが置いてある空間。扉の上には『○○しないと出られない』と書かれている。
私がジッと見ていたからか、彼がまたポツリと言った。
「何だろうねぇ……○○って」
キョトンとして言うのがかわいらしい。
彼はフワフワした短髪の黒髪で、目がクリッとしている。接客業だからか、いつも高めに話しているその声は少年のようで。
長身で頼りがいのありそうな見た目とは裏腹に、年上であることも忘れてしまいそうになる。
──こんな状況で○○って言ったら……!
私が姫として生まれて、城の後継者としての教育を受けて育ってきたせいかもしれない。成人している彼より、まだ結婚する年齢まで足らない私の方がピンときてしまうのがもどかしい。
「とりあえず、座ってみようか」
何かをしないと出られないのに、このほんわり感。この彼から○○が、果たして出るのかしら?
「そ……そうね……」
オズオズとベッドに向かい、ドキドキとして座る。
すると、すぐに彼もとなりに座ってきた。
「う~ん……そうだなぁ……」
後ろに両手をついて、足を暇そうにパタリパタリと動かす。
私が彼と話したいと声をかけて、何度も話す機会を作って。告白して付き合うようになって半年。思えば付き合ってから初めてふたりだけの閉じられた空間かもしれない。
これまでの半年間、ハグも頬にキスも──催促しないとしてくれない彼は、今、何を思っているんだろう。
──そっと、手でも触れちゃおうかしら……。
チラリと視線を動かしたそのとき、
「そうだ!」
と、手が動いて驚く。
動かした足を止め、膝に手を置いた彼はこう言った。
「しりとりしてみようよ」
屈託のない笑顔に、私のやましさが浮き彫りになる。何て楽しそうな顔をするんだろう。
「庾月からでいいよ」
「あ……うん。えと……『りんご』」
「ごま」
──あれ、しりとりってだいたい初めは似たようなものから始まった気が……。しかも、『ごま』なの?
不意打ちをされた感覚になって、少し考え込んでしまった。
「えと……『マリネ』」
「あ~、マリネっておいしいよね。好きだよ」
──マリネになりたい……なんて、思う日がくると思わなかったわ。
「練り梅」
──やっぱり、しりとりって職業も出るのかしら?
また食べ物だったと思いつつ、『め』を探す。
「名医」
「煎りごま……あ、また『ごま』になっちゃった」
あははっと悪気なく笑っているのが、また『かわいい』と見とれてしまう。
──留って、確かこの間の誕生日で二十二歳になったんじゃなかったかしら?
これまで周囲が大人びていたのか、貴族に囲まれて育ったからか、何が普通なのか見失いそうになる。
とにかく、彼は周囲にいなかったタイプで、どうにも興味が惹かれてならない。
「魔法」
「運」
──え?
終わってしまった。
それなのに、彼はニコニコとしている。
「留……の、負けよ?」
「うん、そうだよ。あれ? あ~……駄目かぁ……。開かないねぇ?」
彼が前のめりになって扉の方を見ている。
どうやら、彼は真剣に開けようと思ってはいるらしい。
──楽しいな……なんて思っていたら、終わっちゃったわ……。
元々、彼は自分が負けるつもりで始めたのか……なんて思っていると、
「ねぇ、庾月は手押し相撲って知ってる?」
と聞いてきた。
「手押し相撲?」
「そう、手押し相撲」
彼はスクッと立ち上がって、両手を胸の前で広げた。
「こうやってね、お互いに手を押し合うの。で、バランスを崩した方が負け」
同じように立ち上がり、彼と向き合う。
彼を真似て両手を前に広げた。
「こう?」
「そう。で、こうやって……押す感じ」
さっき触れようとした彼の手が、ちょんちょんと触れてくる。
──あったかいし……おっきい手……。
「わかったわ」
恥ずかしくなって、彼を直視できないでいると、
「力一杯押していいよ」
と言ってきた。
「え?」
見上げれば、彼はニコニコと待っている様子。
こうなれば迷ってはいられない。
「じゃあ……いくわよ?」
「どうぞ」
──か弱いと思われているなら……本当に思いっきり押してみようかしら。
グッと覚悟を決めて思い切って両手を伸ばした──瞬間、目の前から彼の両手が消えた。
──え?
「あ……きゃっ!」
フラリと前に倒れた──矢先、ふんわりと包まれた。
「ふふふ、捕まえた」
催促せずにハグをされたのは初めてで、不意打ちに胸が高鳴ってしかたない。それなのに彼は、
「あれ? ハグでも駄目だったかな?」
なんて、呑気なことを言っている。
──留が呑気なんじゃないわ……呑気なのは私の方……。
こんな状況を忘れてしまうほど、楽しいと思っている。何なら、このままいくらでも続いていいと思ってきている。
スルリと彼の腕がゆるんで、思わず見上げた。すると、彼が微笑んでいて──。
「手、繋いでみようか」
素の彼の声が鼓膜を震わせた。
リラックスしてくると彼は低音の素の声になる。──多分、本人はまったく気付いていない。
ドキドキと鼓動が強く打ち付けてくる。震えそうになる手を、必死に上げた。
キュッと彼が手を握ってきて、想いが言葉となって出そうになる。あったかい大きな手に感情があふれそう。
ふと、聞き慣れた音楽が流れてきた。
ハッと我に返って周囲を見れば──白い壁はなく、見慣れた宿屋の景色が広がっている。
「あ、よかった。正解だったみたい」
ふふふと笑った彼が、スルリと離れていく。名残惜しい以上に、彼が離れていってしまう寂しさが襲ってくる。
──あ、声が戻ってる……。
折角『彼女』として扱ってくれた気持ちでいたのに、また『客』に戻ったような感覚になる。
──でも、どうして開いたのかしら。もしかして○○ってそもそもそういうときに手を握って……っていう偶然だったってこと?
己の発想に悔いていると、
「よかったね」
と、彼の声が聞こえた。
うれしそうに笑う彼を前に、モヤモヤが広がるけれど──。
「ありがとう。楽しかったわ」
やさしい彼の気持ちに応えたくて礼を言う。
けれど、彼は少し首を傾げた。
「そう? どさくさに紛れてハグしちゃったけど」
何だか申し訳なさそうに言われ、『そこじゃない』と返しそうになってしまったから、言葉を変えて伝えることにした。
「うれしかったのよ」
「そうなの?」
「そうなの」
断定すると、彼の顔はパッと晴れて、
「そっか! よかった」
と少し照れたような表情に変わった。
「じぃちゃんが心配してるだろうから、俺は先に戻るね」
そう言って彼は走って日常に戻っていったけれど。
──やっぱり、私の方が好きなんだろうな……。
悔しさが残る。
──でも、ああして照れてくれるってことは……ちゃんと『彼女』として見てくれてるってことよね?
大事にされているとは感じている。その一方で、大事にされすぎているとも感じる。
どうしたら、もう一歩踏み込めるのか──その一手は切り札と言えるけれど、私はそれを選ぶ決意をした。
「思い出すは、君の名 ~愛した姫の名で生まれ変わり、前世の誓いを果たす~」
略して「思君』 https://ncode.syosetu.com/n9856lp/
の主人公とヒロインを『○○しないと出られない部屋』に入れたらどうなるか? というネタ小説でした。
お付き合いありがとうございました。
よろしければ、本編もお付き合いいただけたらうれしいです。
※本編の第一章【4】ラスト辺りの設定を使用しました。




