好きと言わないための練習会 ――代償は、遅れて届く
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
その日は、出席者が一人少なかった。
「欠席連絡、ありました?」
誰かが聞く。
「いいえ」
彼女は名簿を閉じる。
「連絡がないのは、ここでは珍しいですね」
誰も続きを言わない。
理由は、全員なんとなくわかっている。
「では始めましょう」
彼女はいつも通りに言った。
「今日の議題です」
ホワイトボードに書かれた文字は短い。
――言わなかった“代償”は、いつ発生するか。
「すぐじゃないと思います」
前の席の人が言う。
「言わなかった直後は、むしろ楽」
「わかる」
頷きがいくつか。
「じゃあ、いつですか」
彼女は問いかける。
「……後から」
小さな声。
「相手が別の誰かと笑ってるのを見たとき」
空気が、目に見えて重くなる。
「それは」
誰かが言いかけて、止まる。
「続けてください」
彼女は促す。
「それって、自業自得じゃないですか」
言葉は強いが、声は震えていた。
「選ばなかったんだから」
「そうですね」
彼女は否定しない。
「自業自得です」
一瞬、会議室がざわつく。
「でも」
彼女は続ける。
「“自業自得”って言葉、便利すぎません?」
「便利?」
「痛みを整理せずに済む」
彼女は静かに言う。
「選ばなかった理由も、怖さも、全部まとめて切り捨てられる」
誰も反論しない。
「欠席した人」
彼女は名簿を指で叩く。
「先週、こう書いていました」
彼女は紙を読み上げる。
「『相手の人生を乱したくなかった』」
誰かが息を呑む。
「昨日」
彼女は続ける。
「その相手が引っ越したそうです」
沈黙。
「偶然です」
すぐに誰かが言う。
「関係ない」
「そうですね」
彼女は頷く。
「因果関係は証明できません」
少し間を置いて、こう付け足す。
「でも、“何も言わなかった側”は、
一生その偶然を疑い続けます」
胸の奥が、ひどく冷える。
「代償って」
彼女は言う。
「罰じゃないんです」
「じゃあ、何ですか」
「確認作業です」
彼女はそう言った。
「本当に、それでよかったのかどうかを、何度も何度も」
会議室の時計が、やけに大きな音を立てる。
「本日の結論です」
彼女はいつものように言う。
誰も期待していない。
「“言わない”という選択は、
選び続けないと成立しません」
ペンを置いて、こちらを見る。
「一度選んだだけでは、終わらない」
僕は、欠席者の椅子を見る。
そこはもう、ただの空席だった。
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