好きと言わないための練習会 ――誠実の置き場所
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
部屋の電気を消しても、すぐには眠れなかった。
暗闇になると、昼間使った言葉が、順番を変えて浮かんでくる。
誠実。
自分のため。
相手のため。
どれも、綺麗すぎる。
布団の中で、スマホを握る。
画面を点けては消し、点けては消す。
まるで呼吸を確認するみたいに。
本当の理由は、単純だった。
怖かった。
言った瞬間、
「じゃあ、どうする?」が発生する。
好きです、は入口でしかない。
その先には、選択が並ぶ。
選ばない自由は、もう残らない。
だから、誠実という言葉を借りた。
相手の人生を乱したくなかった。
関係を壊したくなかった。
タイミングじゃなかった。
どれも嘘じゃない。
でも、主語が曖昧だ。
「相手のため」と言ったとき、
自分は本当に、相手の顔を思い浮かべていただろうか。
思い出そうとすると、
都合のいい表情ばかり浮かぶ。
困らせない顔。
拒絶しない顔。
何も変わらない顔。
そんな顔、現実には存在しない。
時計を見る。
もう日付が変わっている。
誠実って、
眠る前に形を変える言葉だと思う。
昼間は盾になる。
夜になると、重りになる。
言わなかったことを正当化するほど、
自分の中で、その言葉は太っていく。
布団の中で、ゆっくり息を吐く。
もし、正直に言うなら。
一文で書くなら。
「失うのが怖かった」
それだけだ。
でも、その一文を、
誰かに向けて差し出す勇気はなかった。
スマホを伏せる。
画面が暗くなる。
誠実は、ここに置いておこう。
誰にも見えない場所に。
明日になれば、
また使える言葉になるはずだから。
それが一番、誠実じゃないことを、
ちゃんとわかっていながら。
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