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好きですと言わないための練習会――例外処理

※この作品は、

「好きです」と言わないための練習会の記録です。

会話と沈黙が中心になります。


開始前に、資料が配られた。


一枚だけ。

印刷は片面。

内容は三行。


――例外が発生した場合、

――原則に立ち返ること。

――原則は変更しない。


「今日は、その確認です」

彼女はそう言った。


質問は出なかった。

出す理由もなかった。


「例外、というのは」

彼女は続ける。

「誰かが失敗した、という意味ではありません」


失敗。

久しぶりに聞く単語だった。


「判断が難しかった場合」

「反応が遅れた場合」

「身体が先に動いた場合」


どれも、あり得る。

でも、問題ではない。


「そのときは」

彼女は言う。

「原則に戻ります」


原則。

――言わない自由がある。

――評価しない。

――持ち出さない。


全員が、同時に頷いた。


「記録は?」

誰かが聞く。


「残します」

彼女は即答する。

「例外があった、という事実だけ」


記録者が、ノートに丸を一つつける。

理由は書かれない。


「今日の練習は以上です」


短い。

雑談もない。

笑いもない。


それでも、

空気は軽かった。


処理は成功している。

少なくとも、昼のあいだは。



【夜】


例外、という言葉が残っている。


頭じゃなくて、

喉の奥に。


昼の会で、

自分は何もしていない。

言っていない。

失敗もしていない。


だから、

例外に当てはまらない。


そのはずなのに、

夜になってから、

身体が勝手に確認を始める。


あれは?

これは?


答えは、全部「問題なし」。


それでも、

一つだけ、

チェックが外れたままの項目がある。


何かを、

言いかけた気がする。


思い出そうとすると、

内容が霧みたいに散る。

言葉になる前で止まっている。


例外だったのかもしれない。

でも、

処理はされた。


そう思おうとした瞬間、

呼吸が一度だけ、浅くなる。


吸って。

吐いて。


吐くほうが、わずかに足りない。


例外処理。

原則に戻る。


頭では、完璧だ。


でも、

原則に戻った結果、

この違和感は、

どこにも置けない。


誰にも報告できない。

自分にも説明できない。


例外は、

起きたこととしては残る。

起きなかったこととしても残る。


その中間に、

今の自分がいる。


眠る前、

無意識に喉に触れる。


声は出ない。

出そうともしていない。


それなのに、

喉だけが、

「通過しなかった何か」を覚えている。


明日になれば、

また問題はなくなる。


そう信じられる程度には、

この会は、うまくできている。


だからこそ、

このズレは、

もう少しだけ、

ここに残りそうだった。


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