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好きですと言わないための練習会――役割の明確化

※この作品は、

「好きです」と言わないための練習会の記録です。

会話と沈黙が中心になります。


記録者の席が、少し前に出ていた。


机の端ではなく、

円の内側に、半歩だけ。


「席、変えたんですね」

誰かが言う。


「はい」

記録者は即答する。

「見やすいので」


それ以上、説明はなかった。


彼女は、いつも通り前に立つ。

ホワイトボードは使わない。


「今日は確認事項が一つだけあります」


“だけ”という言い方が、

最近はそのまま信じられる。


「この会における役割を、整理します」


役割。

初めて出た単語だった。


「参加者は、参加するだけ」

「言う・言わないの判断は、各自に委ねます」


頷きが起きる。

当然だ、という顔。


「記録者は、記録します」


記録者が、ノートを閉じる。


「ただし」

彼女は続ける。

「内容は残しません」


一瞬、間が空く。


「残すのは、変化の有無だけです」


「有無、ですか」

誰かが確認する。


「はい」

彼女は頷く。

「起きたか、起きなかったか」


理由も、経緯も、感情も、

そこには含まれない。


「それで十分です」


記録者が、ペンを持つ。

初めて、ページに線が引かれる。


一本。

それだけ。


「今日の会は」

彼女は言う。

「変化、なし」


誰も異論を出さない。


役割は明確だった。

全員、正しく配置されている。


だからこそ、

何も引っかからない。



【夜】


夜、思考が短くなっている。


長く考えようとすると、

途中で切れる。


これは必要か。

これは不要か。

二択で処理してしまう。


楽だ。

確実だ。

でも、少しだけ怖い。


昼の会を思い出す。

役割、という言葉。


参加者。

記録者。

運営。


どれも、自分じゃない。

そう思ったはずなのに。


帰り道で、

誰かに話しかけられた気がして、

振り返る。


誰もいない。


必要ない反応だった。

だから、処理された。


そう理解してしまう自分に、

少し遅れて違和感が来る。


処理?

今、何を処理した?


息を吸う。

吐く。


呼吸は安定している。

だから、問題はない。


スマホに通知が一件。

開かずに消す。


変化、なし。


昼の言葉が、

頭の中でチェックボックスになる。


□ 言わなかった

□ 壊れなかった

□ 続いている


全部、チェックが入る。


優秀だ。

模範的だ。


それなのに、

布団に入った瞬間、

胸の奥が一度だけ跳ねる。


危険信号ではない。

警告でもない。


ただ、

「今のは何だった?」と

後から聞き返したくなる感覚。


でも、

聞き返す相手がいない。


記録者は、外に出ない。

会の外では、誰も役割を持たない。


だから、

この違和感は、

記録されない。


変化、なし。


そう書かれる未来が、

もう見えていて。


それを止めたい理由だけが、

まだ、言葉にならなかった。


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