好きと言わないための練習会 ――通常運転(夜)
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
夜になると、
昼の言葉は、だいたい意味を失う。
「通常運転」
という言い方も、
家に帰るころには、ただの音になる。
電気をつけないまま、
鞄を床に置く。
誰とも話していないのに、
少しだけ疲れている。
今日は、何も深めなかった。
選択肢も、代謝も、
扱わなかった。
それなのに、
頭の中には、ちゃんと残っている。
持ち続ける。
手放す。
昼は、
「選ばなくていい」と言われた。
夜は、
選ばなくていい理由が、
どこにもない。
スマートフォンを手に取って、
何もせずに置く。
連絡は取っていない。
言ってもいない。
事故も起きていない。
全部、確認済みだ。
それなのに、
“何もしなかった”という事実だけが、
妙に重い。
記録は残る、と彼女は言っていた。
参照しなくていい記録。
でも、
参照しないという選択も、
意外と体力を使う。
布団に入る。
目を閉じると、
昼の会議室が浮かぶ。
ホワイトボードの
「通常運転」という文字。
あれは、
安心のための言葉だった。
少なくとも、
昼の間は。
夜には、
通常運転という状態が、
どこにも用意されていない。
選ばないでいる。
決めないでいる。
動かないでいる。
それを続けることが、
もう「何もしていない」ではない。
今日は、
何も起きていない。
でも、
何も起きていない状態を、
維持するために、
自分がどれくらい使われているのか。
それだけが、
少しずつ分かってきている。
目を閉じる。
明日も、
たぶん通常運転だ。
それが、
一番静かな不安だった。
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