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好きと言わないための練習会 ――通常運転

※この作品は、

「好きです」と言わないための練習会の記録です。

会話と沈黙が中心になります。


「では、始めます」


彼女は名簿を開いた。


「欠席は」

一拍。

「……三名ですね」


誰も反応しない。


「先週と同じ人数です」

彼女は淡々と言う。

「増えてもいませんし、減ってもいません」


「安定してますね」

誰かが言う。


「そうですね」

彼女は頷く。

「出席率としては、安定しています」


安定、という言葉に、

誰かが小さく笑った。


「今日は」

彼女は続ける。

「特に新しい議題は出しません」


「じゃあ」

前の席の人が聞く。

「前回の“選択肢”は?」


「扱いません」

即答だった。


「代謝は?」

別の声。


「今日は起こしません」

彼女は言う。

「週末ですし」


「週末関係あるんですね」

誰かが言う。


「ありません」

彼女は否定する。

「気分の問題です」


少し、空気が緩む。


彼女はホワイトボードに、短く書いた。


――通常運転


「今日の目的は」

彼女は言う。

「この状態を確認することです」


「確認だけ?」

誰かが聞く。


「確認だけです」

彼女は頷く。

「処理はしません」


「記録は?」

また別の声。


「残します」

彼女は言う。

「ただし、参照しなくていい記録です」


「それ、残す意味あります?」

小さな笑い。


「あります」

彼女は即答する。

「“何もしなかった”という事実は、後で役に立ちます」


誰も追及しない。


「では、いつもの確認です」


彼女は名簿を閉じたまま言う。


「連絡を取った人はいますか」


沈黙。


「言ってしまった人は?」


沈黙。


「事故は?」


一瞬、間が空く。


「事故って」

誰かが言う。

「基準なんですか」


「はい」

彼女は言う。

「想定外の感情流出は、事故扱いです」


「今週は」

彼女は続ける。

「事故報告、ゼロですね」


ほっとした空気が、広がる。


「前回から今日までで」

彼女は言う。

「世界は変わりましたか」


誰も答えない。


「変わっていません」

彼女は自分で結論を出す。

「記録上は」


その言い方に、

もう誰も引っかからなかった。


「以上です」

彼女は言う。

「今日は、これで終わります」


資料も配られない。

宿題も出ない。


立ち上がる音が、

いつもより軽い。


誰かが言った。


「この会、たまに何の会か分からなくなりますね」


「それで問題ありません」

彼女は言う。

「分からないまま成立している、という状態なので」


誰も反論しない。


会議室を出るとき、

空席は、もう数えられなかった。


通常運転だった。


何も起きていない。


それを、

少しだけ安心してしまうくらいには。


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