好きと言わないための練習会 ――形になり始めたもの
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
【昼】
「今日は」
彼女はホワイトボードの前に立つ。
「前回の続きです」
ペンを持たない。
「前回は」
彼女は言う。
「違和感の“有無”だけを確認しました」
数人が、思い出すように頷く。
「今日は」
一拍。
「それが、どう扱われ始めているかを確認します」
誰かが、少し身構える。
「安心してください」
彼女はすぐに言う。
「内容は聞きません」
ホワイトボードに、線を一本引く。
――保持/移動
「違和感は」
彼女は続ける。
「そのまま持ち続けることもできます」
線の左側を指す。
「同時に」
右側を指す。
「意識の中で、少しずつ位置を変えることもあります」
「位置、ですか」
前の席の人が聞く。
「はい」
彼女は頷く。
「前に出る、後ろに下がる、重くなる、薄くなる」
誰も否定しない。
「では」
彼女は言う。
「最近、その“位置”が変わったと感じる人はいますか」
沈黙。
長い。
「……変わった、かもしれません」
ようやく一人。
「どちらに?」
彼女は聞く。
「前に」
短く。
「ありがとうございます」
それだけだった。
「他には?」
彼女は促す。
「動いてないです」
「ずっと同じ」
「むしろ、重くなった」
声は少ないが、確実に出る。
彼女は、全部を書かない。
丸だけを、いくつか描く。
「確認します」
彼女は言う。
「違和感は、個人の中で動き始めています」
「これは」
少し間を置いて、
「会が機能している兆候です」
誰かが、息を吸う。
「機能、ですか」
不安そうな声。
「はい」
彼女は淡々と答える。
「安全かどうかとは、別の話です」
ホワイトボードを消しながら、付け足す。
「構造は」
彼女は言う。
「動き始めたときにしか、確認できません」
「今日は以上です」
早めの解散。
⸻
【夜】
前に出た、と言った人の声が、
頭から離れない。
前、というのが、
どこなのか分からない。
自分の違和感は、
動いていない気がする。
正確には、
動いたかどうかを、
測れていない。
布団の中で、
胸のあたりに手を置く。
何かある、とは思う。
でも、
前にも後ろにも、
位置を感じない。
ただ、
重さだけがある。
昼の言葉を思い返す。
――動き始めたときにしか、確認できない。
じゃあ、
動いていない自分は、
まだ確認できていない状態なのか。
それとも、
もう動けなくなっているのか。
答えは出ない。
でも、
前回よりはっきりしていることがある。
この会は、
違和感を
“留める場所”ではなくなりつつある。
それに気づいてしまった以上、
同じ位置にいるのは、
少しだけ、
疲れる。
目を閉じる。
動いていないのに、
取り残される感覚だけが、
先に来ていた。
⸻




