好きと言わないための練習会 ――共有されない違和感
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
【昼】
「今日は」
彼女は、議題を書かずに言った。
「違和感の話をします」
誰も驚かない。
最近は、そういう始まり方が増えている。
「違和感は」
彼女は続ける。
「問題ではありません」
一拍。
「ただし」
少しだけ声を落とす。
「共有されないまま増えると、構造になります」
誰かが、ゆっくり瞬きをした。
「共有、というのは」
前の席の人が聞く。
「発言する、という意味ですか」
「いいえ」
彼女は首を振る。
「存在を確認する、という意味です」
ホワイトボードに、短く書く。
――ある/ない
「内容は問いません」
彼女は言う。
「理由も聞きません」
「……ある、です」
一人が言う。
それに続いて、
「あります」
「多分、ある」
と、低い声が重なる。
「ありがとうございます」
彼女は頷く。
「では」
一拍。
「“ない”人は?」
誰も手を挙げない。
「そうですか」
彼女は言う。
「記録上は、全員“ある”」
ペンは動かない。
内容を書かない。
「ここで確認します」
彼女は続ける。
「違和感があること自体は、異常ではありません」
「でも」
間を置いて、
「扱われないまま固定されると」
視線が集まる。
「それは」
彼女は言う。
「沈黙と区別がつかなくなります」
誰も反論しない。
「今日は」
彼女は言う。
「違和感の“有無”だけ、確認しました」
「処理もしません」
「意味づけもしません」
ホワイトボードを消しながら、付け足す。
「共有されない違和感は」
彼女は言う。
「個人のものです」
「ただ」
最後に、
「個人のまま増えると、いつか場所の性質を変えます」
解散。
椅子が引かれる音が、
いつもより、少し遅かった。
⸻
【夜】
部屋の電気を消してから、
違和感を探そうとしている自分に気づく。
昼に確認したはずなのに、
中身が分からない。
ある、とは言った。
でも、何があるのかは、
自分でも曖昧だ。
布団の中で、天井を見る。
沈黙と、
共有されない違和感。
似ている、と思う。
どちらも、
外からは見えない。
違いがあるとすれば、
違和感は、
「まだ形になっていない」という点だ。
形にしなければ、
安全だと思っていた。
でも、
固定される、という言葉が引っかかる。
動かないものは、
変化しない。
変化しないものは、
安心に見える。
それでも、
重さだけは増える。
昼には言わなかった。
言わなかった理由も、
説明できない。
ただ、
このまま増えたら、
いつか、
「何も起きていない」と
言えなくなる気がした。
その予感だけが、
はっきりしている。
⸻




