好きと言わないための練習会 ――処理しないという選択
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
その日は、開始時刻ぴったりに全員が揃っていた。
一脚の空席を除いて。
彼女は、いつも通りホワイトボードの前に立つ。
「今日は、決定事項があります」
そう前置きしてから、少しだけ間を置く。
「この会では」
彼女は言う。
「今後、“欠けた理由”を議題にしません」
誰も驚かない。
むしろ、予想していたような空気だった。
「確認もしません」
「推測もしません」
「戻る前提も、戻らない前提も置きません」
ペンを持たないまま、続ける。
「“処理しない”という選択を、正式に採用します」
誰かが、小さく息を吸う。
「それは」
前の席の人が言う。
「先送り、とは違うんですか」
「違います」
即答だった。
「先送りは、いずれ処理する前提です」
少しだけ視線を巡らせる。
「今回は」
彼女は言う。
「処理しないまま、成立させます」
ホワイトボードに、一行だけ書く。
――未処理状態を維持する。
「維持、ですか」
別の声。
「停滞じゃなくて?」
「停滞は」
彼女は言う。
「動かないことを問題にします」
一拍置いて、続ける。
「維持は、動かさないことを選びます」
会議室が静まる。
「この会は」
彼女は淡々と言う。
「感情を解決する場所ではありません」
「壊さないための場所でもない」
「守るための場所でもない」
「ただ」
少しだけ、声が低くなる。
「未提出のままでも、生きられるかを確認する場所です」
誰も、否定しない。
「今日の議題は以上です」
いつもより短い。
「次回以降も」
彼女は言う。
「同じ形式で続けます」
解散。
誰も、空席について言及しなかった。
それが、今日の決定事項だった。




