好きと言わないための練習会 ――欠けたことを数えなかった夜
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
部屋に戻って、電気をつけなかった。
カーテンの隙間から入る街灯の光だけで、十分だった。
この明るさなら、何かを見落としても言い訳ができる。
靴を脱いで、鞄を床に置く。
そのまま、しばらく動かなかった。
今日は、何があったんだろう。
そう考えた瞬間、
もう一度、考え直す。
――今日は、何も起きていない。
その確認は、昼間に済ませたはずだった。
全員で、声に出して、確認した。
欠席者が一人いたことも、
その理由を追及しないことも、
全部、手順通りだった。
それなのに、
部屋に戻った今、
その「何も起きていない」が、
妙に重たい。
椅子に座る。
背もたれに体を預けると、
昼間より、少しだけ呼吸が浅くなる。
数えてみる。
今日、誰とも連絡を取っていない。
好きだとも言っていない。
言いそうにもなっていない。
関係は壊れていない。
――問題は、ない。
頭の中で、いつもの結論が出る。
でも、それを言葉にすると、
少しだけ喉が詰まる。
欠けた人の顔を、思い出そうとする。
名前は、すぐに出てこない。
声も、曖昧だ。
ただ、
あの席に、誰かが座っていたという事実だけが残る。
それは、
失った、という感覚とは違う。
取り上げられたわけでも、
奪われたわけでもない。
ただ、
数えなくなった。
そのことに気づいて、
僕は初めて、
昼間の「安全」という言葉を思い出す。
安全じゃなくなった、
と言われた。
危険になったわけじゃない。
ただ、
ちゃんと使われ始めた。
――使われたのは、何だ。
感情?
沈黙?
それとも、
「言わない」という選択そのもの?
答えは出ない。
ベッドに倒れ込む。
天井が、ぼんやりと見える。
昼の会では、
「評価しない」ことが徹底されている。
良いとも悪いとも言わない。
ただ、状態として扱う。
でも、夜は違う。
夜は、
評価しないまま、
感じてしまう。
欠けたまま成立している形が、
このまま普通になってしまうこと。
それを、
少しだけ、
惜しいと思っている自分に気づく。
惜しい、という感情は、
提出する予定がない。
誰にも言わない。
次の会でも、
記録には残らない。
ただ、
今夜だけ、
ここに置いておく。
電気をつけないまま、
目を閉じる。
何も起きていない夜だ。
それでも、
眠りに入るまで、
少し時間がかかった。
――欠けたことを、
数えなかったせいだと思う。




