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好きと言わないための練習会 ――欠けたまま成立する

※この作品は、

「好きです」と言わないための練習会の記録です。

会話と沈黙が中心になります。


会議室に入ったとき、

一脚分の空間が、すでに配置されていた。


椅子がないわけではない。

ただ、使われていない。


「始めましょう」


彼女は定刻どおりに来て、

いつも通り名簿を開いた。


読み飛ばされる名前はない。

呼ばれない名前もない。


確認は、滞りなく終わる。


「では、今日の議題です」


ホワイトボードに書かれる。


――言わなかった結果、何が“変わらなかった”か。


「変わらなかったこと」

前の席の人が言う。

「特に、ないですよね」


「仕事も」

「生活も」

「関係も」


声が重なる。


「欠けたことで」

彼女は言う。

「何か問題は起きていますか」


沈黙。


「記録上は」

彼女は続ける。

「何も起きていません」


誰も反論しない。


「つまり」

ペン先が止まる。

「この会は、欠けたまま成立しています」


ホワイトボードに、短く書く。


――成立。


「成立している、という事実は」

彼女は言う。

「安全性の一部です」


「守られている」

「壊れていない」


いつもの言葉が並ぶ。


「ただし」

彼女は付け足す。

「これは“評価”ではありません」


「状態の確認です」


空席の方を、一瞬だけ見る。

名前は出さない。


「欠けた理由を考える必要はありません」

「戻るかどうかも、判断しません」


「この会は」

彼女は言う。

「欠けたままでも、続行可能です」


それが、今日の結論だった。


「以上です」


解散。


誰も、空席について口にしない。


それでも、

成立しているという事実だけが、

はっきりと残った。


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