好きと言わないための練習会 ――代替案と並んで眠る
※この作品は、
「好きです」と言わないための練習会の記録です。
会話と沈黙が中心になります。
今日も一日は、問題なく終わった。
仕事は滞りなく進み、
必要な会話はこなして、
余計な波風も立てなかった。
「大丈夫そうですね」
そう言われるくらいには。
部屋に戻って、上着を脱ぐ。
いつもの動線。
いつもの音。
この“いつも”が、
ちゃんと成立していることに、少し安堵する。
言わなかったのに。
何も壊れていない。
テーブルに腰を下ろして、
コーヒーを淹れる。
本当は、もう遅い時間だ。
眠れなくなるとわかっている。
それでも、やめない。
代替案は、
だいたいこんなところから始まる。
もし、あの時言っていたら。
今頃、誰かと並んで、
別の夜を過ごしていたかもしれない。
笑っていたかもしれない。
気まずかったかもしれない。
何も続かなかったかもしれない。
可能性は、
実現しなかった分だけ、
都合よく膨らむ。
ソファに横になる。
天井を見上げる。
選ばなかった人生は、
消えない。
でも、暴れもしない。
ただ、
「ここにも道はあった」と
静かに存在している。
それが一番、厄介だ。
もし後悔だったら、
いずれ終わった。
もし失恋だったら、
物語になった。
これは、どちらでもない。
続いてしまう。
日常の隣に、
もう一つの日常が、
影のように並走する。
布団に入る。
右側に、
選んだ今日がある。
左側に、
選ばなかった今日がある。
どちらも、自分だ。
目を閉じる。
代替案を抱えたまま生きることは、
思っていたより、静かだった。
そしてその静けさに、
少しだけ、慣れてしまっている自分がいる。
それが、
一番、練習になっている。
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