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好きと言わないための練習会 ――それでも、日常は続く

※この作品は、

「好きです」と言わないための練習会の記録です。

会話と沈黙が中心になります。


欠席者の席は、そのままだった。


誰も片付けない。

誰も話題にしない。

そこに“あった”という事実だけが残っている。


「今日は」

彼女は少し遅れて口を開く。

「議題を一つだけ出します」


ホワイトボードに書かれたのは、短い一文。


――言わなかった人間は、どう振る舞えばいいか。


「普通に生きる」

即答が飛ぶ。


「それ、出来ます?」

別の声がかぶせる。


「出来てると思ってました」

そう言った人は、少し困った顔をした。

「昨日までは」


「何があったんですか」

彼女が聞く。


「何も」

その人は首を振る。

「本当に、何も」


その“何も”が、一番厄介だと、全員が知っている。


「言わなかった側って」

誰かがぽつりと言う。

「たぶん、普通を演じるのが一番上手くなるんですよね」


「演じてる自覚は?」

彼女が問う。


「あります」

即答だった。

「だから余計、疲れる」


少し笑いが起きる。

でも長く続かない。


「好きです、って言わなかっただけで」

その人は続ける。

「別に失恋したわけでもないし、振られたわけでもない」


「なのに?」


「なのに、日常が全部“代替案”みたいに感じる」


その言葉に、誰も反論しなかった。


「仕事も」

「趣味も」

「人付き合いも」


ぽつぽつと声が重なる。


「全部、“これじゃない方”を選び続けてる感じ」


彼女は、それを黙って聞いている。


「じゃあ」

彼女は静かに言う。

「なぜ、言わなかったんですか」


沈黙。


「優しかったから」

誰かが言う。


「怖かったから」

別の声。


「壊したくなかった」

重なる。


彼女は頷く。


「全部、本当ですね」

そう言ってから、少し間を置く。

「でも」


全員が、彼女を見る。


「“それでも日常を続ける”って決めたのは、あなたたちです」


責める声じゃない。

確認する声だった。


「だから」

彼女は続ける。

「今日の結論は、これです」


ホワイトボードに、新しく書き足す。


――言わなかった人間は、

選ばなかった人生を想像しながら生きる。


「それは」

誰かが言う。

「救いですか」


「罰ですか」

別の声。


彼女は、少しだけ考える。


「……どちらにもなります」

そう答えた。


僕は、その言葉を聞きながら思う。

つまりこれは、終わらない、ということだ。


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