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【短編小説】生と死の線路

掲載日:2025/12/22

 おれ達は最強だ。

 学校の制服を着ているけど、推薦入学が決まっているから学校になんて行かなくていい。

 あり余るくらいのモラトリアムだ。


「高層ビルの屋上からションベンしたい!」

 ジッパーからイチモツを取り出したハルキは、商店街を走り回りながら小便を撒き散らした。

 放射冷却で冷え切ったアスファルトにシミができる。煮豆みたいな臭いと湯気が立ち上る。

 奇声を上げながら小便を撒き散らすハルキを見てギョッとした通行人たちが道を空けるので、ハルキはその隙間を縫うようにして走り回っていた。


「ハルキのおしっこってさ、地面に染み込んだ後はどこ行くんだろうね」

 ナツミが誰に訊くでもなく言った。

 おれは足先に流れてきたハルキの小便で煙草を消しながら少し考えたけれど、特に何も面白い回答を思いつく事がなかったので、ボケる代わりに

「ハルキは昔、椎名林檎のションベンなら飲めるって言ってたぜ」と教えると、フユコは「うげぇ」と舌を出してしかめ面をした。


 すっかりと膀胱に溜まったものを出し切ったハルキが晴れ晴れとした顔で行った道を戻ってきた。

 手にはコンビニの袋を下げている。

「ションベンしてから手は洗ったのか」

 大きい声で尋ねると、近くの通行人たちがビクッと肩を震わせた。

 ハルキはニヤニヤした顔のままおれには答えず、ビニール袋から缶コーヒーを取り出して言った。

「地下鉄の終点って、その先に何があるのか知ってるか」


 

「秘宝館の倉庫」

 車止め、車庫なんて言う当たり前で気の利かない事を言うくらいなら思いつきでボケる。

 拾うも流すも自由だ。

 ナツミとフユコがわくわくした顔でハルキの返しを待った。

「惜しい」

 花だよ、デカい花が咲いてるんだとハルキは言って歩き始めた。

「見せてやるよ」


 終電過ぎの地下鉄を線路沿いに歩くのは、久しぶりに冒険をしているみたいで楽しい。

 いや、まさしく冒険だ。

 学校はもちろん、立ち入り禁止の工事現場にも入ったし、高速道路だって歩いた。

 でも、線路は歩いた事がない。

 中学生の頃、真夜中に家を抜け出して商店街を歩いた事を思い出していると、フユコが俺の脇を摘んだ。

「アキオ、何をニヤニヤしてるの。早く帰りたいんだけど。なんかハルキに言ってやってよ」

 そう言って、声に出さず口だけで「ラブホでもいいよ」と続けた。


 散歩もいいし、抜け出してラブホもいい。

 おれ達は最強だから、何だって楽しい。

 俺は相変わらず楽しい気分のまま、煙草の吸い殻を側溝でうずくまるドブネズミの方に投げた。

 ドブネズミはさっと身を翻して吸い殻を避けると、おれを嗤う様に小さく泣いた。

 フユコが口を尖らせておれを急かす。


「ハルキ、この先に何があるんだよ」

 ワクワクする冒険が終わってしまうかも知れない寂しさと、暖かい部屋でフユコと愉しく過ごす時間が天秤で揺れる。

「まさかアンタのオシッコとか言うんじゃないでしょうね」

 フユコは細い眉を寄せながら、切長の眼を睨むように吊り上げながら訊いた。

 ハルキは動じる事なくヘラヘラして

「違う、そうじゃない。花だよ、花が咲いてるんだ。大きな、赤い花が」

 さっきも言っただろ、と笑った。


「花?」

 ナツミとフユコが同時に訊いた。

 声が反響して元来た道を転がっていく。

「そう花さ」

 ハルキは得意げな顔をして、ラフレシアだよと言った。

 聞き覚えのある花の名前だなと思っていると、ナツミが「ラフレシアってあの臭いやつでしょ?腐った肉みたいな」と心底、厭そうな顔をした。

 臭いは知らないが、赤い肉厚の花弁をしていたのは覚えている。雌蕊雄蘂の部分はもやがかかったように思い出せない。



「ほら、もうすぐだぜ」

 ハルキは今にも駆け出しそうなくらいの笑顔で俺たちに言うと、その明るい笑顔を地下鉄の線路の先に向けた。

 視線の先には後ろ手に拘束された全裸の陽子先生がいた。

 先生は線路の敷石に身を横たえ、浅い呼吸を繰り返している。

「陽子先生?」

 ナツミとフユコがほぼ同時に呟いた。声は反響せす、敷石に溶けていった。


 陽子先生は少し微笑んだ拍子に口の端から血を垂らした。

 その赤い筋は長い時間をかけて粘り気のある糸を引きながら敷石の上に垂れると、小さな水溜まりを作った。

 その赤い糸を見ているのか、焦点の合わない陽子先生の目は、残月を孕んだ水饅頭の様に厭な鈍光を放っていた。



「ほら、花が咲いてるだろう」

 ハルキは叫ぶようにして言った。

 今度は鋭く反響した声が、どこまでも遠くに弾け飛んでいった。

 陽子先生が小さな呻き声を漏らすと、陰唇から伸びた地下鉄の線路が少しだけ伸びた。

 ハルキは笑顔で俺たちを振り向くと

「さぁ、行こう」

 と叫んで陽子先生の陰唇に向かって伸びている地下鉄の線路を歩いて行った。


 おれはハルキの背中をボンヤリと見ながら、陽子から伸びている線路に足を乗せた。

 もしかしたら痛いんじゃないだろうか。

 膣の中も敷石が詰まっているのなら苦しいのではないだろうか。

 冷たくないのか。

 もう一本のレールを、ナツミとフユコが走って行った。目は爛々と輝いている。

 もしかしたら、やっと冒険が始まったのかもしれないと思った。

 


 しばらくその線路を歩いていたが、俺たちはいつまで経っても陽子先生のところに辿り着く事は無かった。

 気づけば陽子先生は巨大な女になり、だが俺たちが歩くこの線路はその陰唇に向かって伸びている。

「そろそろ帰りたいんだけど」

 飽きたナツコがやはり退屈そうにつぶやいた。

「だからいまこうして還っているのさ」

 ハルキが明るく答えた。


 そうだな、おれたちはいま還っているんだ。フユコの手を取りポケットに押し込むと、少し明るい気持ちになった。

 フユコがおれを見て嬉しそうに笑った。

 いつか、陽子先生の子宮にたどり着くかも知れない。

 そうしたら、その暖かい子宮で眠ろう。

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