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第8話 兆光

それは、夕暮れ時のことだった。


交易町を出て半日。

山道に差しかかる頃、空気が変わった。


(……来る)


ルークは、母の胸の中で、はっきりと感じ取っていた。


湿った匂い。

わずかに歪む空気。


(魔物じゃな)


この世界では、珍しいことではない。

だが――


(近い)


「……止まれ」


カイルが、低く言った。


一歩前に出て、剣を抜く。


リーネも足を止め、ルークを強く抱き寄せた。


「どうしたの?」


「……前方だ」


藪が、揺れた。


次の瞬間。


それは、姿を現した。


狼に似た体躯。

だが、目が三つあり、

口元からは黒い霧のようなものが漏れている。


「……魔獣」


カイルが、息を呑んだ。


普通の魔物より、明らかに強い。


(厄介じゃな)


ルークは、冷静だった。


(父一人では、厳しい)


魔獣は、低く唸り、

一気に距離を詰めてきた。


「来る!」


カイルが、踏み込む。


剣が閃く。


だが――


硬い。


刃が、弾かれた。


「っ……!」


(防御力が高い)


ルークの脳内で、瞬時に分析が走る。


(このままでは……)


魔獣が、カイルに体当たりを仕掛ける。


「カイル!」


リーネが叫ぶ。


父の身体が、吹き飛ばされる。


地面を転がり、

木に背中を打ちつけた。


(……まずい)


本能が、警鐘を鳴らす。


魔獣は、次の獲物を求めて、視線を動かす。


三つの目が、

リーネとルークを捉えた。


「……来ないで……!」


リーネは、後ずさる。


だが、逃げ場はない。


(ここで、使わねば)


ルークは、決断した。


女神の言葉が、脳裏をよぎる。


――恐れから使えば、刃になる。

――守る覚悟から使えば、道になる。


(守る)


ただ、それだけを思う。


意識を、内側へ。


制御してきた魔力の流れを、

一点に集める。


(溢れるな……抑えろ……)


だが――


赤子の身体では、限界があった。


次の瞬間。


光が、弾けた。


白く、眩い光。


音は、なかった。


ただ、圧倒的な光の奔流が、

一直線に走る。


魔獣の身体が、

光に飲み込まれる。


悲鳴すら、上がらなかった。


光が消えた時、

そこには――


何も残っていなかった。


静寂。


風が、木々を揺らす。


「……え……?」


リーネが、震える声を漏らす。


カイルは、地面に手をつき、

呆然と光の痕跡を見ていた。


「……今のは……」


ルークは、何も言えなかった。


胸の奥が、

焼けるように痛む。


(……やりすぎた)


力を、使った。

守るために。


だが――


(制御、しきれなかった)


全身から、力が抜ける。


視界が、暗くなる。


「ルーク!?」


リーネが、異変に気づく。


腕の中のルークは、

ぐったりとしていた。


「しっかりして!

 お願い……!」


(……すまん……)


ルークは、意識が遠のく中で思う。


(守れた……それだけは……)


世界が、闇に沈んだ。


目を覚ましたのは、夜だった。


焚き火の明かり。


父と母の声。


「……熱は下がってる」


「……良かった……」


(……生きておるか)


身体は重い。

だが、意識ははっきりしていた。


「この子……」


リーネの声が、震える。


「魔物を……」


「……ああ」


カイルは、静かに頷いた。


「俺の剣じゃ、止められなかった」


彼は、拳を握りしめた。


「……助けられた」


沈黙。


やがて、カイルは続けた。


「だが……

 この力は、諸刃だ」


「ええ」


リーネも、目を伏せる。


「でも……」


彼女は、ルークを見つめた。


「この子は、

 守ろうとして使った」


その言葉が、

胸に染みた。


(……それで、良い)


ルークは、微かに笑った。


その夜。


夢の中。


白い空間。


「……やっちゃったわね」


女神が、腕を組んで立っていた。


「初の攻撃魔法としては、

 派手すぎよ」


「……反省しておる」


ルークは、正直に答えた。


「当然」


女神は、だが、笑った。


「でもね」


彼女は、指を立てる。


「守るために使った。

 それは、合格」


「ただし」


表情が、少しだけ真剣になる。


「今のままじゃ、

 あんたが先に壊れる」


「……」


「次の段階に進む時よ」


女神は、にやりと笑った。


「本格的な“制御”を教えてあげる」


目を覚ましたルークは、

胸の奥に、微かな光を感じていた。


痛みは、まだ残っている。


だが――


(進んだのう)


代償を知った。

限界を知った。


そして――

守れた。


それで、十分だ。


(……次は、もっと上手くやる)


ルーク・ハルヴェインは、

小さな身体で、確かに前へ進んだ。


それは、

勇者の力ではない。


守る者の光。

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