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第6話 選択

静かな夜だった。


虫の声と、風に揺れる木々の音だけが、村を包んでいる。

だが、ハルヴェイン家の中には、重たい沈黙が落ちていた。


揺り籠の中で、ガイウスは目を閉じている。

眠っているように見えるが、意識ははっきりとしていた。


(……話し合い、か)


昼間から、空気が変わっていた。

調査隊が去った後、村人たちの視線が、明らかに違っている。


恐れ。

好奇心。

そして、距離。


(無理もない)


滅びかけた世界では、

“普通ではない存在”は、それだけで危険なのだ。


「……村を、出よう」


最初に口を開いたのは、カイルだった。


その声は低く、だが迷いはなかった。


リーネは、何も言わずに彼を見つめている。


「このままじゃ、いずれ村が巻き込まれる」


カイルは、拳を握った。


「今日来た連中が言ってた。

 いずれ、もっと大きな存在に見つかるって」


「……ええ」


リーネは、静かに頷いた。


「私も、分かってる」


彼女は、揺り籠に視線を落とす。


「この子は……

 隠しきれる存在じゃない」


(……そうじゃな)


ガイウスは、胸の奥で同意した。


力は、既に芽吹いている。

制御はできるようになってきたが、完全ではない。


(この村に留まるのは、危険じゃ)


だが――


「それでも」


リーネが、ぽつりと言った。


「怖いの」


カイルは、言葉を失った。


「外の世界は……

 もう、昔のようじゃない」


王国は滅び、

法も秩序も失われた。


「この子を連れて、旅をするなんて……」


声が、震えた。


(……母よ)


ガイウスは、初めて、

自分のために誰かが恐れていることを、はっきりと感じた。


「……俺が、守る」


カイルは、そう言った。


短い言葉だったが、重かった。


「剣しかないが……

 それでも、守る」


リーネは、しばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりと息を吐く。


「……分かってるわ」


彼女は、微笑んだ。


「逃げるためじゃない。

 この子が、生きるためよね」


カイルは、深く頷いた。


「ここに居続けるのは、選ばない」


それは、覚悟だった。


(……選択、か)


ガイウスは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


前世では、

世界に選ばれ、役割を与えられ、戦ってきた。


だが今世では違う。


誰かが、

自分を選んでいる。


その夜。


ガイウスは、夢の中で再び、白い空間に立っていた。


「おっ、来たわね」


筋骨隆々の女神が、腕を組んで待っている。


「どう?

 順調?」


「……順調とは、言い難いのう」


ガイウスは、正直に答えた。


「だが……悪くはない」


女神は、にやりと笑った。


「でしょ?」


「選択の時が来たみたいじゃない」


「……見ておったのか」


「もちろん」


女神は、肩をすくめる。


「世界はね、

 あんた一人で救うには、もう壊れすぎてる」


「……」


「だから今回は、

 あんたが“育つ場所”が大事なの」


女神は、指を鳴らした。


「一つだけ、教えてあげる」


「力は、意志に応える。

 でも――」


一歩、近づく。


「恐れから使えば、刃になる。

 守る覚悟から使えば、道になる」


その言葉は、

深く、胸に残った。


現実に戻る。


揺り籠の中で、ガイウスは目を開いた。


月明かりが、室内を照らしている。


(……よし)


決めた。


今は、赤子だ。

だが――


(使える力は、ある)


ガイウスは、意識を集中させた。


これまでのように、

溢れさせるのではない。


選び取る。


ほんのわずか。

母と父に向けて。


すると――


空気が、静かに揺れた。


温かな感覚が、部屋を満たす。


リーネが、はっと顔を上げた。


「……なに、これ……」


恐れではない。

不安でもない。


安心。


心が、落ち着いていく。


カイルも、驚いたように周囲を見回した。


「……嫌な感じが、しない」


リーネは、揺り籠に手を伸ばした。


「この子……

 私たちに、伝えようとしてる?」


(その通りじゃ)


言葉は出ない。

だが、意思は届いた。


――大丈夫だ。

――一緒に行こう。


リーネの目に、涙が浮かんだ。


「……この子、分かってるのね」


カイルは、深く息を吸い、

そして、静かに笑った。


「……ああ」


「行こう」


そう言って、

彼は剣に手を置いた。


「この子と、一緒に」


翌朝。


ハルヴェイン家は、村を出た。


荷は少ない。

だが、覚悟は重い。


振り返ることなく、

三人は歩き出す。


滅びかけた世界へ。


ガイウス・レッドハートは、

揺り籠の中で空を見上げながら、思った。


(選んだのう)


今回は、

世界ではなく――


人生を。


その選択が、

やがて世界を救うことになると、

まだ誰も知らない。

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