第5話 来訪者
その男たちは、風とともにやって来た。
昼下がり。
村の見張り台に立っていた若者が、慌てて鐘を鳴らす。
「来客だ!
……いや、人数が多い!」
村人たちは、即座に身構えた。
この時代、外から来る者は、商人か、略奪者か、そのどちらかだ。
(……遅かったか)
揺り籠の中で、ガイウスは静かに思う。
(噂が広がる速度を、甘く見たな)
村の入口に現れたのは、五人。
軽装の戦士が三人。
後ろに、杖を持った男と、フードを深く被った女。
「……冒険者、か」
カイルは、低く呟いた。
剣の持ち方、立ち位置。
戦場慣れした者たちだ。
「目的は?」
村長が、慎重に問いかける。
前に出たのは、杖を持った男だった。
「安心してくれ。
我々は敵じゃない」
そう言いながらも、
その視線は村の奥――ハルヴェイン家の方角を、ちらりと見た。
(……見ておるな)
ガイウスは、はっきりと感じた。
狙いは、自分だ。
「最近、この辺りで奇妙な魔力反応が観測されていてな」
杖の男は、淡々と話す。
「夜になると、空気が歪む。
魔物の発生源かと思ったが……どうやら違う」
村人たちが、ざわつく。
「赤子の泣き声と、
魔力の揺らぎが一致している、という報告もある」
その瞬間。
カイルの身体が、わずかに前に出た。
「……それが、何だ」
男は、にこりと笑った。
「危険なら、排除する。
有益なら、保護する」
あまりにも、率直な言葉だった。
「それが、我々“調査隊”のやり方だ」
(ほう……)
ガイウスは、冷静だった。
(正義でも悪でもない。
生き残るための論理、か)
だが――
(赤子を、対象にするのは……許容できんな)
その夜。
村は、静まり返っていた。
調査隊は、村の外れに天幕を張った。
「一晩、様子を見させてもらう」と言い残して。
リーネは、揺り籠のそばから離れなかった。
「……怖い?」
小さく、問いかける。
当然、答えは返らない。
だが、彼女は微笑んだ。
「大丈夫。
あなたは、私たちの子」
その言葉に、ガイウスの魔力が、微かに反応する。
(落ち着け……)
意識を集中し、流れを抑える。
だが――
外から、何かが近づく気配がした。
(……来たな)
天幕の影から、フードの女が忍び寄っていた。
足音はない。
気配も、薄い。
(……やるのう)
ガイウスは、感心すらしていた。
だが、次の瞬間。
女が、ぴたりと動きを止める。
「……?」
空気が、重い。
目に見えない圧が、周囲を包む。
「これは……結界?」
女は、息を呑んだ。
即席で、未完成。
だが、確かに――守る意思を持った魔力。
(わしの……いや)
違う。
これは、母の想いに反応した魔力だ。
(……なるほど)
ガイウスは、初めて理解した。
力は、意思に応える。
それが、守る意思なら――
暴走ではなく、盾になる。
「……危険すぎる」
女は、低く呟き、距離を取った。
その夜。
調査隊の天幕には、重苦しい沈黙が漂っていた。
焚き火を囲む五人。
誰もが口を閉ざしたまま、炎を見つめている。
最初に沈黙を破ったのは、
杖を持った男――調査隊のまとめ役だった。
「……確認する」
低い声だった。
「例の赤子。
あれは、自然発生の魔力じゃない」
フードの女が、静かに頷く。
「ええ。
未成熟だけど……質が異常」
「異常?」
戦士の一人が眉をひそめる。
「暴発しているようで、していない。
周囲を壊していないのが、何よりの証拠よ」
女は、思い出すように言った。
「私が近づいた時、
魔力は“拒絶”ではなく、“防御”として立ち上がった」
「結界、か」
「未完成だけどね。
あれは――」
女は、言葉を選んだ。
「守る意思に反応した力よ」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
別の戦士が、苦々しく言った。
「……赤子だぞ?」
「だからこそ、だ」
杖の男が続ける。
「意識的に使っていない力が、
あの精度で動くということは……」
「成長したら、どうなる?」
その問いに、誰も即答できなかった。
「排除するなら、今だ」
戦士の一人が、はっきりと言った。
「今なら、事故で済ませられる」
空気が、冷えた。
だが――
「それは、できない」
そう言ったのは、フードの女だった。
「私たちは、調査隊よ。
世界を守るために存在してる」
彼女は、焚き火越しに仲間を見回す。
「可能性を、芽のうちに摘む集団じゃない」
杖の男は、静かに息を吐いた。
「……同意だ」
「だが、見過ごすのも危険だ」
「だから、結論は一つ」
男は、ゆっくりと言った。
「今は、見逃す」
「代わりに」
その声が、低くなる。
「いずれ必ず、
あの“特異点”は、世界に知られる」
「その時、敵か味方か――
それを決めるのは、
あの子自身と、育てる者たちだ」
誰も、異論を唱えなかった。
炎が、静かに揺れる。
こうして、調査隊の結論は固まった。
翌朝。
調査隊は、村長のもとを訪れた。
「結論は?」
村長が、問いかける。
杖の男は、しばし沈黙し――
やがて、こう告げた。
「排除は、見送る」
村人たちが、息をつく。
「だが」
男は、真剣な表情になった。
「この子は、確実に“特異点”だ」
その視線が、ハルヴェイン家に向く。
「いずれ、もっと大きな存在に見つかる」
カイルは、一歩前に出た。
「なら、どうする」
男は、まっすぐに答えた。
「選択だ。
隠すか、育てるか」
「……育てる」
即答だった。
「守るために、強くなる」
その言葉に、男は少しだけ目を細めた。
「覚悟があるなら……今は、見逃そう」
調査隊は、村を後にした。
だが、置き土産のように、
重い現実だけを残して。
その夜。
ガイウスは、静かに思う。
(来たな……世界が)
村の外には、
混乱と争いと、欲望が渦巻いている。
だが、同時に――
(守る理由も、増えた)
小さな拳を、きゅっと握る。
(……進むしかあるまい)
隠れて生きるか。
立ち向かって育つか。
答えは、もう出ている。
ガイウス・レッドハートは、
二度目の人生で、初めて――
“選ばれる側”ではなく、
“選ぶ側”になった。




