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第4話 制御

力は、放っておけば刃になる。


それは、剣でも、魔法でも同じだ。


(……制御せねばならん)


ガイウスは、赤子の身体のまま、そう結論づけていた。


前回の魔力暴発。

家屋が半壊するほどではなかったが、

それでも“異常”としては十分すぎる。


(次は、もっと酷いことになるやもしれん)


自分一人なら、どうなろうと構わない。

だが、この家には――

守ろうとする者がいる。


守られている者もいる。


(それは、許されん)


「……なぁ、リーネ」


朝靄の残る庭先で、カイルが口を開いた。


「この子のことだが……」


リーネは、腕の中のガイウスをあやしながら、静かに頷いた。


「ええ。

 あなたも、感じているのね」


「……ああ」


カイルは、視線を逸らした。


「正直に言う。

 俺は、怖い」


その言葉は、飾り気がなかった。


「この子が……

 俺の手に負えない存在になるんじゃないかって」


リーネは、一瞬だけ目を伏せ、

それからはっきりと答えた。


「それでも」


彼女は、ガイウスを抱く腕に、力を込めた。


「この子は、私たちの子よ」


「……」


「力があるなら、教えればいい。

 分からないなら、学べばいい」


リーネは、薬師だった。

知識とは、恐れるものではなく、扱うものだと知っている。


「逃げる理由には、ならないわ」


その言葉に、カイルは息を呑んだ。


(……強い女じゃ)


ガイウスは、心の中で小さく笑った。


前世で出会った強者たちとは、また違う強さ。

だが、確かに“守る力”だ。


その日から、カイルは行動を変えた。


家の裏手。

木陰の小さな空き地。


そこに、簡単な的と、木の棒が用意された。


「……なにを始める気じゃ?」


当然、ガイウスは声に出せない。


だが、カイルの意図はすぐに理解できた。


「剣は、振れなくてもいい」


カイルは、誰に言うでもなく呟いた。


「まずは、姿勢だ」


彼は、赤子の前にしゃがみ込み、

ゆっくりと木の棒を構える。


「立ち方。

 重心。

 呼吸」


一つ一つの動作が、丁寧だった。


(……基礎を、分かっておる)


ガイウスは、感心した。


剣を極めた者ほど、基礎を疎かにしない。

そして、基礎を教えられる者は、意外と少ない。


「見てろ」


カイルは、軽く一振りする。


風を切る音。

無駄のない軌道。


(迷いはあるが……悪くない)


前世の弟子にしても良い、と思えるほどだ。


ガイウスは、無意識のうちに、

その動きに合わせて呼吸を整えていた。


すると――


(……む)


体内の魔力が、

不思議と静まっていく。


(これは……)


剣の動きと、呼吸。

それに同調するように、魔力の流れが整っていく。


(なるほど)


制御の入口を、見つけた。


一方、リーネは別の準備を進めていた。


薬棚の奥から取り出されたのは、

いくつかの古い羊皮紙。


「……これなら」


それは、魔力感知と安定化に関する、簡易的な理論書だった。


薬師である彼女は、

治療魔法の初歩程度なら心得がある。


「完全じゃないけど……

 何もしないよりは、ずっといい」


彼女は、赤子の胸に手を当て、

ゆっくりと呼吸を合わせる。


「大丈夫。

 お母さん、ここにいるわ」


(……すまんのう)


ガイウスは、胸の奥が少し痛むのを感じた。


守られる側であることが、

これほど心に来るとは思わなかった。


数週間後。


村では、ひそひそとした噂が流れ始めていた。


「ハルヴェイン家の子……

 夜になると、光るらしいぞ」


「魔物じゃないのか?」


「いや、あそこの奥さんは良い人だろ」


不安と好奇心。

それは、滅びかけた世界では特に広がりやすい。


カイルは、その空気を敏感に感じ取っていた。


(……来るな)


“外”からの視線。


それは、善意とは限らない。


ガイウスもまた、感じていた。


(急がねばならん)


制御は、まだ不完全だ。

だが、時間は待ってくれない。


(……だが)


その時。


カイルが、ガイウスの前に膝をついた。


「……まだ早いのは分かってる」


彼は、真剣な眼差しで、赤子を見つめる。


「だが、もしもだ」


「もしも、この世界が、

 お前にとって過酷な場所になるなら」


カイルは、静かに言った。


「俺は、剣を教える」


その言葉は、誓いだった。


ガイウスは、胸の奥で、はっきりと答えた。


(……頼もしいのう)


剣聖は、初めて――

師を得たのかもしれない。


夜。


揺り籠の中で、ガイウスは目を閉じる。


魔力は、以前より穏やかだ。


完全ではない。

だが、確実に“制御”へと向かっている。


(進んでおる)


それは、赤子の歩幅だ。


だが、確実な一歩。


世界は、まだ危うい。

だが、守ろうとする者がいる。


学ぼうとする者もいる。


(ならば……)


ガイウス・レッドハートは、

その流れに身を委ねた。


今度は、

一人ではないのだから。

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