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幕間2

それは、高校2年の夏の話。


蝉の声が響いて、頬を伝った汗が口元に染みて、少しだけしょっぱい。


何気なく、ただ道を歩いていた。

歩いていた理由は、もう覚えていない。

それでも、その時の情景だけは、忘れる事が出来ない。今も尚、こうしてその時の夢を見る。


「あの!」


声がした。

透き通るように綺麗な声色で、

───暖かな声だった。


不思議な話だ。


夏の真っ只中、何かせめて、冷たい飲み物でも。だなんて思っていた暑さの中、暖かな声を聞いて、躰が、心が自然と温まった。


反射的に、その方角へと振り返る。


───可憐。

端的な言葉だ。他にもっと言う事が、表現する言葉があるのではないかと何度も自問自答した。されども出てくる言葉はそれしか無かった。

振り返った先にいた彼女は、今まで見た何よりも美しくて、一瞬にして目を奪われた。

背丈は僕とそこまで変わりないのに、どこか気品があって、───まるで人形かのような愛らしい表情をする少女は、手に何かを持っていた。


「これ、落としましたよね?」


言われ、視線を落とす。

その手の中には僕のハンカチが握られている。


「あ、それ、僕の…いつの間に落としたんだ…?」

「ふふ、さっき、交差点を渡る時に落としてましたよ」


僕が彼女を前に、一人言葉を呟くと、彼女は微笑んでそれに反応してくれた。やっぱりその表情は目を引くもので、僕は一瞬で釘付けになる。


出逢いなんて単純なものだった。

あまりにベタだとは思うが、仕方がない。

───巡り会ったのだ。


「これから、どちらへ行かれるんですか?」


───唖然としていた。

彼女の事を見ていたから、だけでは無かった。そんな事を聞かれると思っていなくて思わず顔が引きつった。


「僕、今日は部活があって、その練習に」

「部活?───って、それ、ギターですよね! 背中の!」


彼女に行先を説明しようとすると、彼女があるものに気づいて声を上げた。

僕が背負っていたギターケースを見て目を輝かせたのだ。

フェンダーのギターケース。


「はい、そうです。僕、軽音部でして」

「そうなんですか! 同じ! 私も軽音部なんです!」

「本当ですか!」


───嬉しかった。

初めて会った人との、ちょっとした共通点。でも、それでも、───僕は心から嬉しかったのだ。


「あれ、て事は制服着てないけど学生さんですか!」

「はい、今、高校2年です」


彼女は少しだけ微笑むと、


「へぇ〜。てっきり年上かと思ってたけど、年下だったんだ〜」

「え? えっと…何歳なんですか?」

「17だけど、一応高3だよ」


驚いた。

彼女は、僕よりも1つ年上だったのだ。

何となく、彼女の接し方から、同い年、あるいは年下だとばかり思っていた。


「あ、えっと、ごめんね、急に年上ヅラして敬語外したりなんかしちゃって。

ほら、こうしよう。これも何かの縁だし友達になろうよ。そしたらもうお互いに敬語はやめよう」


───驚きもあった。

どうして急にそんな事を言い出すのだろうという疑問もあった。それでもやっぱり一番は、嬉しかった。昂ってゆく気持ちが溢れそうになるのを我慢しつつ、「はい」と、そう答えた。



ーー



それから、僕らは直ぐに仲良くなった。


軽音楽部だという、たった1つの共通点と、単なる偶然が呼んだ出会い。

他校の先輩である彼女に、僕は一目惚れをしてしまったのだ。

初めて、誰かを見て、美しいと。───綺麗だと思った。

僕の勝手な思い上がりだったのかもしれないけれど、僕はその時、彼女に会うために生まれてきたのだと思った。

そして、

そんな僕が、彼女に告白したのだ。

結果は、


彼女がOKと言ってくれて、付き合う事になった。

”嘘…私も…”。と言ってくれたのを根強く覚えている。───本当に嬉しかった。心の底から、内なる気持ちを叫び出したかった。


2人で何度も出かけたりもした。色々な場所へ行った。ライブハウスにだって行ったし、フェスにだって行った。

───勿論、そんな軽音楽繋がりだけじゃなくて、普通のカップルみたいなデートもした。

水族館にだって行ったし、プラネタリウムだって行った。

分からないくせに、頑張って星を眺めていた僕を、彼女笑っていた。やはりその笑みには悪意や不快感は無くて、本当に、心の底から落ち着いていられる表情をしていた────



ーー



付き合ってから数年が経ち、段々と君がわかってきた。


誰よりもお喋りが好きで、基本的に黙っているのが嫌いだった。

時に、言わなくてもいいような事を口走ったりして、偉い人に怒られるなんて事も、少なくは無かった。

確かに、他の人からしたらあまりいい事では無いのかもしれない。それでも、僕からすれば、彼女が申し訳無さそうに、でもやっぱりちょっとは不満げに説教を受けている姿が好きだった。


僕は、そんな彼女の目を引きたくて、ある事ない事を語った。

分かりもしないくせに、まるで分かっているかのように物事を捉えたのだ。

彼女は鋭い人だった。

だから、ちゃんと僕の嘘にも気づいた。

そういう時に決まって彼女は、


”しょうがないなぁ、君は。私がついていなきゃほんとだめなんだから”。


そう言って、僕の肩を軽くたたく。


───それが、僕には堪らなく嬉しかった。

別に。彼女に叩かれたい訳じゃないけれど、彼女が、翡翠という僕の彼女が、僕を必要としてくれているのが嬉しかった───

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