表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

幕間1

2か月前、彼女は事故にあった。

僕が丁度、会社で仕事をしていた最中に起きたそうだ。

というのも、情けない話、僕自身、その現場に居合わせることが叶わなかった。

本当に、一瞬の出来事だったそうだ。


信号を無視した車が、彼女の元へ突っ込んできたのだという。

それで、彼女の方も、何とか避けようとした事で、轢かれる事は免れたものの、車体と勢いよくぶつかったのだという。

───いつも通りに出勤して、

───いつも通りに同僚や先輩と挨拶をして、

本当、いつも通りに仕事をしている真っ只中、オフィス内の僕に電話がかかった。相手は病院だったのだ。


”翡翠さんが、交通事故に遭いまして───”。


本当、覚えているのはそれくらいで、そこから先は何を言っていたのか思い出せない。


その1件が伝えられたその一瞬の内に、色んな事を考えた。

───交通事故。だなんて言う単語に引っ張られ、あってはいけない最悪な情景まで考えてしまった。同時、翡翠との想い出が刹那の間に蘇ってきて、それも辛かった。


そこから先の事は、あまり覚えてない。

ただ、無我夢中で走った事だけは覚えている。


───彼女が心配だ。

───彼女は大丈夫なのか。

───彼女に会いたい。



ーー



幸い、最悪の事態は免れたという。

両足の骨折と、頭部の打撲。───ちゃんと治療を行っていけば、命に別状は無いのだと言った。


僕の心は晴れなかった。

後遺症で翡翠は、

───聴覚を失った。


頭部打撲によって、聴覚に障害が生じたのだ。

翡翠に与えられた試練は、

ものが聞こえにくい───だなんて甘いものじゃなかった。あらゆる万物が奏でる音の全てが、遮断されたのだ。

医者は、こればかりはどうにもならないと告げた。


正直、───落胆だった。


その医者は東大卒らしく、凄腕の医者だと至る所で褒めちぎられていた。それ故の期待があったのだ。

でも、それでも、どうにもならないのだと。そう、語ったのだ。

勿論、その医者が悪い訳でもあるまい。彼は確かに正しい判断を下したのだ。それでも僕は、心のどこかでその判断を疑った。

否だ。────認めたくなんて無かったのだ。


彼女が、聴覚障害?

音が、何も聞こえなくなるだって…?

そんな訳無いだろう。そんな訳────そんな事、あってたまるものか。


何の罪も無い、正しく物事を判断しただけの医者を、僕は恨んだ。

───恨んだって、何も意味が無い事くらい分かっている。恨んだって、彼女の耳が直る訳でも無い事くらい、分かっているつもりだった。それでも僕は、意味もなく、恨まずにはいられなかった。


僕はきっと、───最低なんだと思う。


それでも彼女は、”大丈夫だよ、君が思っているより、ずっと平気だよ”。と言う。

僕は知っている。ソレが、僕を励ます為に作った、即席の嘘だと言う事を。

やっぱり僕は、彼氏失格だ。

僕よりも、もっともっと辛いはずの彼女に、気を使わせてしまっているのだ。つかなくてもいい嘘を、する必要の無いお節介を焼いているのだ───



ーー



実際、

彼女に起こった不運は、《耳が聞こえない》なので、喋る事が出来ない訳では無い。

喋ろうとさえすれば、言葉を出す事は可能なのだ。

それでも彼女は喋ろうとはしない。

上手く喋る事が出来ないんだとか。

何も聞こえない。というのは僕が考えていたよりもずっと不便で大変なもので、聞こえない、即ち自分が今喋っている"オト"すらも認識出来ないのだ。つまりは、十中八九、発音がおかしくなるのだ。

曰く、舌足らずみたいになるらしく、母音でしか喋れないそうだ。僕としては、それでも彼女には喋って欲しいのだが。


僕は、そんな彼女を支えていきたい。

これまでと同じように、これからも─────


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ