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(8)一粒万倍日、と不成就日

本日は《一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)》。


繰り返しになるがあえて言おう。

《一粒万倍日》とは、一粒の(もみ)が万倍にも実る稲穂になることから、物事が大きく発展する吉日である!


さらに、こちらも繰り返しになるが、吉日であっても《不成就日(ふじょうじゅび)》が重なると吉が帳消しになってしまう凶日というものもある。

ガルヴェインとルシェルがやってきた日もまさにそんな吉凶の重なる日だったわけだが、そんな日がまたやってきた。


本日は《一粒万倍日》かつ《不成就日》!!



「おーい、そこまで怯えることないだろ??」


ドアの前で固まるエヴァリスの背中に声をかけるのはガルヴェインだ。

「うるさい…なんか嫌な予感がするんだよ…」

既にマントに身を包み、頭もすっぽりフードで隠して村の雑貨屋まで行く準備は万端なのだが、エヴァリスは迷っていた。


「エヴァリス、早く行こうよ」

ルシェルは村へ遊びに行きたくてしょうがないらしい。

さらにその後ろには大あくびのシン(もはやかける言葉などない)がいる。


「そうだ、厄を払う魔術を使えばいいんだ」


エヴァリスは閃いたようにそう言い、自分自身とガルヴェイン、ルシェル、シンにまで魔術をかけた。

「そんな魔法あんのかよ…」

とガルヴェインは言う。むしろ全員が「だったらさっさと使えばよかったじゃん…」と思ったが、この偏屈な美女は魔術師のくせに魔術を使いたがらない。

こんな辺境の地に好んで住むだけあって、なんでも便利になるのはいいことではないと思っているそうだ。

屋敷の奥の間は魔術で村と繋がっているが、今までは時間と労力をかけて馬車で移動していた。

「便利を覚えたら不便なことに戻れなくなる」

とのことだが、実際、一度繋げてしまった村への道は、便利すぎて閉ざしたくなくなってしまったらしい。ということで、現在簡単に行き来ができる。

もう少しこの仕組みを説明すると、村の空き家に魔法陣を敷いており、空き家のドアが、エヴァリスの屋敷との出入口となっている。


さらに、最近はこの空き家から東の魔女が出入りしていることが知られ始めており、エヴァリスたちがドアから出てくると村人たち何人かから挨拶された。


「ごきげんよう、エヴァリス様」

「やぁ、エヴァリス様。行商のジョージの奴、昨日から村に来てますよ」

「ジョージ、雑貨屋で待ってましたよ〜」


いざ雑貨屋までやってくると、行商人のジョージという男が店主と世間話に花を咲かせていた。

「おや、エヴァリス様。今回も珍しい薬の材料を取り揃えてきましたよ。回復薬の材料になるセレスの雫に、幽霊苔、時雨(しぐれ)石…貴重な品ばかりだ」

ジョージが気安そうに話しかけてくる。エヴァリスの作る薬はどれも効果が高いと評判で、村人たちはもちろん、行商の間でも有名なのだそうだ。

「ああ。私の方も新しい薬を用意している。受け取れ」

エヴァリスはフードを被ったままボソボソと言い、そしてまたどこから出てきたのか分からない木箱にたくさんの薬瓶を入れてドン、とカウンターに置いた。

「万能薬の草露(そうろ)に、防護塩、安眠の月雫…ふむふむ、品質もいつも通り申し分なさそうだな。まいどありぃ」


このジョージとの取引は、お互いに品を定めて物々交換となるのだが、その間、ついてきたルシェルとガルヴェインはカウンターに置かれていたある物に目がいっていた。


「ああ、旦那方も気になりますかい、これ」


というのは雑貨屋の店主。

どうも行商人が持ってきたものらしい。

「思わず見ちまうでしょ?ぱっと見は古びた魔術師の人形だが、細工も細かいし、よく出来ている」

人形は1フィート(約30センチ)ほどの大きさで、ローブ姿にフードをすっぽり被った魔術師といった容貌だ。老人なのか少し腰が曲がっており、右手には杖、左手には使い魔らしき(からす)が止まっている。

(めい)は打たれていないが、かなり腕のいい職人が作ったんでしょうねぇ。でも実は壊れてましてね。本当はからくり仕掛けで動くオートマタなんですよ。ほら、土台にボタンがあるでしょ?」

ジョージもその話に加わって説明を始めた。

「本当だ」

ルシェルが興味深そうに魔術師の人形を見ている。

「そのボタンを押したら、たぶん魔術師のフードが動いて、顔が見える仕掛けになっているんじゃないかと思うんですが…どーにも修理が上手くいかない」

ジョージがため息混じりにそう言うと、エヴァリスがぼそりと「保護呪文が施されている」と呟いた。


「おお、やっぱりエヴァリス様には分かるんですねぇ!そう、その通りです。作った職人が壊れないように保護呪文を掛けたんじゃないかって言われてるんですが、そのせいで修理もできないらしくて、コイツは転々と人の手を渡ってきたらしい」

「へぇ〜、なんか薄気味悪い人形だなぁ」

話を聞いていたガルヴェインも、ルシェルの後ろで人形に興味津々だ。

「ははっ、確かに魔術師ですし、他にも呪いが施されているかもしれません。持ち主がコロコロ変わるんですが、中には『鴉が喋る』って気味悪がって手放す者もいたみたいで…」

「手に乗ってる鴉が?でも確かに物凄く精巧に作られていますね」

ルシェル、ガルヴェインとも魔術師の手の上で羽を広げ、今まさに飛び立とうとしているような鴉を観察した。

羽根の一本まで細かく作り込まれ、瞳は何か石が入っているのか角度を変えるとキラリと光る。瞳の奥には光彩すら入っており、本当に生きているようなリアルな鴉だ。


「こら、二人ともあまりそれに近づくな」

エヴァリスがイライラした様子で注意するが、ガルヴェインもルシェルも「なんで?」といった様子である。この二人の興味に誘われるようにジョージも弁に熱が入り始める。

「不思議な魅力があるでしょ?作り自体はすごく精巧だし、カラクリが作動すればもっと高値がつきそうだ。それに、聞いた話ではそれは作られた当初は二対だったらしくてね」

「もう一体あるってこと?」

「ええ。そいつが魔術師ならもう一体は剣士風だったらしいんで。当時、あちこちで戦争があったから、もしかしたら戦争祈願の目的で作られたものかもしれないですねぇ」

ブランタメイア王国は魔法使いの国である。戦争で活躍するのは剣士、そして魔術師だ。

「へへ、こいつもフードを外せばエヴァリスの顔が乗っかってたりして」

冗談めかしてガルヴェインが言う。

実は二人は戦友なのだ。ガルヴェインが剣士なら、エヴァリスは魔術師。

ガルヴェインもまた、多くの人と同じようにとこの人形の顔が気になった。


「あっ!ガル待て!!」


エヴァリスが静止するが、間に合わずガルヴェインは人形に触れていた。フードで覆わせた顔が少しでも見えないかと持ち上げて下から覗こうと思ったのだ。だが次の瞬間。


バチンッ!!


という激しい音ともに人形が吹っ飛んだ。


「さっき厄払いの魔術をお前にもかけたんだ!!つまり、触れたら厄が払われるんだよっ!馬鹿野郎!!!」


ガルヴェインは呆然とした顔でエヴァリスと、天井までふっ飛ばされた人形を仰ぎ見た。

エヴァリスがかけた「厄を払う魔術」。それは何てこともない、厄、つまり魔力を帯びたものを物理的に払う魔術だった。

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