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(6)大安日

大安(たいあん)日》


現代で最も有名な暦注※である。万事進んで行うのに良いとされ、「大いに安し」の意味で、「大安」とも略される。



さて、満月の日から十日と一日が過ぎたが、エヴァリスの屋敷では相変わらず平穏な日々が続いていた。


ルシェルは《土用(どよう)》の期間中は《間日(まび)》のみ畑仕事に従事しながら、エヴァリスの指導の元、魔力を高め、魔法を教わっている。

結界内でも日光は届くのですっかり日に焼け、ルシェルは健康優良児そのものだ。王族特有のプラチナブロンドにオパールの瞳を見なければ、そこらへんの村の子供と言われても分からない、かもしれない。


ちなみに、こんなにも長閑に過ごしているが、ガルヴェインは王宮の動きを逐一見張っている。

エヴァリスが張った結界のおかげで外界とは完全にシャットアウトされるのだが、それでは色々と不都合だ。そのため、ガルヴェインとルシェルがやってきた翌日には、屋敷の中の空き部屋を外部との交信部屋となるように魔術を施し、毎日のように王宮に残った仲間からの情報を得ているようだ。



「今日は村へ行く」


朝から開口一番エヴァリスが言った。

食卓ではガルヴェインが大きな口でマフィンをもさもさと食い、ルシェルが寝癖のついた頭でスープをすくい、シンが半寝ぼけでミルクを飲んでいるときだった。


「どうやって?」

ガルヴェインが疑問を口にするが、それは無視される。

「今日は《大安》!その上、《()の日》《神吉日(かみよしにち)》《母倉日(ぼそうにち)》《大明日(だいみょうにち)》が重なる大開運日!!!しかも厄日凶日が、ない!!!!」

エヴァリスが大興奮で力説する。もちろん、ガルヴェインは無視した。お互い様であった。そして話を進める。


「こほん。ということで、まずはルシェルの魔法の特訓成果を見せてもらおう。合格点が出れば一緒に連れてゆくことにする。となればガル、お前もだ」

エヴァリスの言葉にルシェルはガタリと跳ね上がった。

「エヴァリス!ホント!?」

「ホントだとも。見た目で王族だとバレないように変装すれば大丈夫だろう」

「やったっ!!すぐ支度する!ねぇ、ガルにもシンにも見てもらいたいんだ、いいだろう?」

と、もはや部屋を駆け出しながらそう言い残して自室に向かっていった。元気いっぱいである。


「…ルシェル、本当に変わったな」

ガルヴェインは残りのベーコンをもりもりと口に運びながら笑む。

「ほんとだね〜。言葉遣いもすごくラフだよ。王宮に戻ったとき軽々しく口にしないといいけど」

そう言うのは、毎度心配事ばかり口にする猫。ではなく使い魔のシン。だが、言葉で言うほど心配はしていない。


「ガルヴェインも支度をしてくれ。お前という大食漢がいるせいで備蓄がすっからかんだ。食料を買いに行かなきゃならん。そしてそのための資金も調達しなきゃな」

エヴァリスの発言には言いたいことも聞きたいことも山盛りだが、さっきも質問を無視されたばかりだ。ガルヴェインは大人しく「分かった」と言って席を立つ。


「ねぇ、僕は〜?」

口の周りのミルクをペロリと舐めてシンが言う。

「とりあえずルシェルの特訓の成果は見てやれ。後は好きにしろ」

「オーケイ」



庭先でルシェルのテストは行われた。今日は朝から雲の少ない晴れ日だ。

ルシェルの光魔法はこの数日でメキメキ上達していた。

月の精霊の加護をいただき、さらに魔力増幅の魔道具、[アウレオルの指輪]をエヴァリスから贈られている。それにしても、ここへやってきた当初は自信なさげに「魔法が使えない」と言っていたのが嘘のようだ。


「天に輝く七彩の光よ、闇を裂き、正しき道を照らせ――[陽光の導き(オーロラ・レイズ)]!」


ルシェルが呪文を唱えると、体の周りで光が取り巻き始め、掲げた右手に光が集められ発光する。

昼間なので夜ほど劇的に光りは視えないが充分な明るさだろう。

ちなみに、この魔法は光を集めて闇を払う光魔法の一つだ。


「うむ。いいだろう、合格だ」

「やったーーー!ねぇガル、シン!ちゃんと見てた?」

「ああ、凄いな」

「王族しか使えない光魔法か〜。ルシェル、やるねぇ!」



エヴァリスは子供用マントを持ってきた。

最初来た時に着ていた衣装はあまりに上等なものなので、最近は村の子供が着てもおかしくないような粗末で動きやすい服を着ている。マントもエヴァリスのお下がりを子供丈にしたものらしい。


「ではその目立つ髪色と瞳の色を変える」


エヴァリスがそう言い、ルシェルの頭に手を当てると、無詠唱で髪色が茶色に変化した。瞳も暗めのブラウンに変わっている。

「…面白い!色が違うだけなのに僕じゃないみたいだ」

「さ、行くぞ」


支度を整えたガルヴェインも二人の後に続いて屋敷の奥の間にやってきた。

この部屋はガルヴェインが外部の仲間と連絡をとる小部屋として使っており、部屋の真ん中に魔法陣が描かれている。


「ここから行けるのか?」


ガルヴェインがエヴァリスに尋ねる。ルシェルは頭に疑問符が浮かんでいる様子だが、エヴァリスの魔術は予想外のことをなんなくこなす。きっとこの部屋で何かをするのだろうと見守っていた。


「ああ、実はもうほとんど準備はできている。あとは出入口を設置するだけ」


そう言って、エヴァリスは部屋の正面の壁の前に立った。すると、壁にピリピリと亀裂が入っていく。

エヴァリスの身長よりやや高い位置に真横の亀裂が入ったかと思うと、かくんと下に向かって綺麗に長方形を描き出す。亀裂は外壁まで達するようで、隙間から陽光が漏れていた。さらに長方形にかたどられたこの亀裂は盛り上がり、かと思えば模様のように凹みが入り、石の材質が面白いように古びた木材に変わっていった。そして、エヴァリスが右手を差し出すとそこにノブができている。


「行こうか」


エヴァリスがルシェル、ガルヴェインを促しながら出来立てのドアをガチャリと開けると、外にはなんと人がいた。


「…!」


ルシェルが目を丸くする。

人だけではない。家屋があり、馬車が往来し、村の子どもたちが走り抜けていく。


「ここが、屋敷から一番近い村、ヴェルトだ」

※暦注とは、暦に記載されている日の吉凶や禁忌などの注釈


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