友達は、理事長であり最強の女子高生
ある女子高生の朝は早い。
『佳也子はーん、おはようさーん。ご飯の時間どすえー?』
部屋の扉の外から、淑やかな声がしてくる。
「実晴ち、分かっとるって!!」
私……こと、佳也子はスクールメイクをしながら、そう返す。
『ほっといてやれや、実晴。あいつ、"メイク"の時間が長いの分かってるやろ』
聞き馴染みの男性の声がする。
『嶋永はん、それは分かってますよ?ただ、ほんならもっと早起きしたらええやさかいに』
実晴がそう返す。
私と彼女こと柴崎実晴、そして彼……嶋永源也は全寮制の峯ヶ坂高校のルームメートだ。
……まあ、こう言うのは日常茶飯事だけどね。
▪▪▪
そんなこんなで、寮を出た。
校舎まではものの1分程で着く。
「……ん?なんか校門の前が騒がしいぞ」
源也がそう言う。
そこには、男性数人が警備員と口論を重ねている。
実晴は険しい顔をして、校門へ行くと
「何をしてはるんですか!」
と、一喝をした。
「なんや、ねぇちゃん。あんたにゃ関係ない話じゃろうが!」
明らかに強面の一人が言う。
「関係ない話じゃありまへんよ。わたくしの学園の前で騒がれると、困りますわ」
実晴は静かに返す。
「おめぇは何を……」
その人が返そうとすると、他の男性が事情を察したのか顔が青ざめる。
「兄貴、この人に逆らっちゃいけません。学長理事の柴崎様ですよ」
そう囁く。
「こいつが、か?」
強面の人は信じないようだ。
「仕方ないですなぁ」
実晴は学生手帳を開いた。
学年の横には、『峯ヶ坂高校 特別学長理事』と書かれている。
「あと……」
実晴は目を見開く。
「それ以上、ここで騒ぐと警察を呼びますわよ。華菱はん」
「……っ!?」
相手側が、黙った。
「今日のところは、ここで帰っていただけたら―――」
実晴が追加で言おうとしたところ、
「てめぇら!今日は撤退じゃ!」
相手はそう言って、帰ってしまった。
「―――申し訳ございません、柴崎様」
警備員の一人が、そう実晴に言う。
「それはええ。彼らも必死なのは分かっとります。なるべく、門前で止めるよう、よろしく頼んます」
実晴がそう返すと、警備員は頷いた。
それを見届けると、実晴は笑顔を見せて振り返る。
「ほら、皆さま。なにをぼけぇと見てはるんどすか。授業が始まりますわよ」
▫▫▫
「なぁ、佳也子」
授業前、源也が話しかける。
「どしたん、源也くん」
「さっきの、気にならんか」
『さっきの』と言えば、校門の件だろう。
「なーもん、うち知ってる理由ないやん。理事の実晴が対処出来る程の事は、公にせんだろうし」
私はそう返すと源也は頭を掻いた。
「……ちょっとええ?」
ふと、クラスメートの赤間が話しかける。
「あかまっつん?どしたんよ」
私がそう返すと、赤間は声をひそめる。
「うちらだけの話よ。実は学校の敷地、黒河組に狙われとるらしいで」
赤間の父親は、確か裏社会をネタに書いている記者だ。
「それって、ほんとなん……」
そう私が言いかけた時だ。
「赤間はん、そんなこと教えはってどないするん」
実晴が後ろから声をかけた。
「は、実晴はん。それは、あはは……」
赤間は動揺する。
「これやから、記者の娘はんは」
呆れたように、実晴が呟く。
「皆、席着けー」
先生が入ってきた。
(……仕方ない、後で聞いてみようか……)
実のところ、私も気になっている。
キリが良いところで、話してみよう。
▪▪▪
その日の昼。
「ねえ、実晴」
私は実晴に声をかけた。
「なんですの、佳也子はん」
「その、色々と抱えてない?大丈夫かなて。なんか、最近顔色も……」
私が言うと、実晴は手を出して発言を止める。
「それ以上、関わったらアカンで。これは峯ヶ坂の一大事やさかいに、学生を巻き込むのは理事長失格や」
その言葉には、反論出来なかった。
「……ごめん。でも、私は実晴の味方だから」
「あんがとさん、佳也子はん」
(―――ほんまに、危ない目に逢わせたくないんやが)
席を外した彼女を尻目に、実晴はそう思った。
▫▫▫
―――放課後。
私は生徒会の仕事で、校舎から少し離れた倉庫の方に出向いていた。
「……ふう、こんなものかな」
今回は倉庫の整理で、1時間程かけて終わらせた。
倉庫を出ると、敷地外から何か違和感を感じた。
何だろうと周りを見渡すと、見覚えのない黒塗りの車が止まっている。
(もしかしたら!)
私は、急いで倉庫の鍵を閉めた。
▫▫▫
「源也さん、今大丈夫?」
生徒会室に居た源也は、生徒会幹部の一人である佐々川が話しかけた。
何か思い詰めているようだ。
「どうした、佐々川」
「かやちん、倉庫の整理に行ったっきりで戻らんのよ」
佐々川の言葉は、源也も気になっていたところだ。
かれこれ2時間経っているし、そろそろ最後のチャイムが鳴る頃だ。
「実晴には言ったのか?」
「まだなの。今日は会議があるからって……」
「どないしはったん、お二人」
声が聞こえた方を見ると、資料を持った実晴が立っていた。
源也は、佐々川が言ったことを伝えた。
「阿呆ォ!なんで先生に言わへんの!」
そう実晴が言った。
「す、すいません」
そう佐々川が返す。
「ここからは、私が出ますわ。お二人はもう、寮へお帰りなさい」
実晴が静かに言う。
これ以上は返す言葉も無く、二人は頷いた。
▪▪▪
(……あれ、ここは)
私は、少し目を開く。
ここは使われていない部屋のようだ。
身体は紐かなんかで、縛られている。
口元には布で覆い被さっているようだ。
徐々に、自分に何があったのか思い出した。
あの黒塗りの車は黒河組の……
「よぉ、嬢ちゃん。よくも邪魔をしたなあ」
声がして、上を向いた。
何人か、武器を持っている。
その中には、今朝校門に居た人も居る。
私をここで、処分するつもりなんだ。
(あんな事しなきゃ良かった……!)
そう思い、目を瞑った。
「うちの生徒に何をしとんのじゃぁぁあ!」
聞き覚えのある声がして、私は目を見開いた。
そこには、木刀を持った実晴が立っていた。
そこからは、あっという間だ。
実晴は黒河組の組員を、綺麗にかわしながら木刀で鳩尾などを打っている。
……あとは、私の前に立っている人だけになった。
「お、お前は何モンだ……?」
震え声でその人は言う。
「それは、十分に分かっとる筈じゃろうが」
そう実晴が返すと、木刀で思いっきり頬を引っ叩いた。
彼はその場で、倒れてしまった。
それと同時に、警官が入ってきた。
そして、組員を抱えて外へ連れて行った。
「……佳也子はん、なんでこんな事したん」
私の手に結ばれた紐を取りながら、実晴が言う。
「その、実晴の事を思って、色々情報を掴もうと」
か細い声で、そう返す。
「阿呆か!大切な学生がこんな目にあって、うちがどんなに心配か……」
「実晴……う、うぅ……」
私はその場で大泣きをした。
実晴は、私の肩をさすった。
黒河組の組員は、私を監禁した罪で何人か逮捕された。
私がどうやって見つかったかは、実晴の情報網を使ったらしい。
それからというもの、黒河組は学校の土地を狙うのは辞めたと赤間から聞いている。
▪▪▪
「……はあ、疲れた」
実晴は、理事長室の椅子に座った。
それから、机の中からノートパソコンを取り出す。
あるファイルの中身を開き、こう入力した。
『黒河組から土地を守った』、と。