第9話 ラッシー
「キキッ! (オッス!)」
「おはよう! ルス!」
朝になり目を覚ましたエリアス。
ベッドから降りると、すぐに近くのテーブルの上に目を向ける。
そのテーブルには小さいバスケットが置かれており、その中が小猿のルスの寝床になっている。
バスケットから顔をのぞかせたルスが、片手を上げて朝の挨拶をすると、それが通じたのかエリアスも挨拶を返した。
「ごちそうさまです」
「キキッ! (ごちそうさん!)」
朝の支度をして両親と共に朝食を終えたエリアスは、手を合わせて挨拶をする。
エリアスの近くに設置された小さなテーブルの上に座り、出された食事をしていたルスもお腹いっぱいになったのか、食事を持ってきてくれていたメイドに頭を下げてテーブルの上から飛び降りた。
「エリアス様。この後は学習のお時間です」
「うん」
食事を終えたエリアスが席を立つと、執事のサカリアスが声をかけてくる。
公爵家の三男であるエリアス。
その爵位に見合った知識や礼儀が必要となる。
そのため、毎日のように数時間の学習の時間が設けられている。
今からその時間のようだ。
「……ルス。僕が勉強している間はどうする?」
エリアスは肩に乗っているルスに話しかける。
学習の時間は相手をしていることができないため、ルスにはその間自由にしてもらおうと思ったためだ。
「キキッキキキッ! (暇だから邸の中を見て回ってるよ)」
「んっ? 庭?」
来たばかりで、まだ邸の全てを見て回ったわけではない。
そのため、どこにどんな部屋があるのかを把握するためにも、ルスは邸の中を探検して回ることにした。
その探検には庭も含まれているため、ルスはエリアスに分かりやすく伝えるために庭を指さした。
「分かった。あぁ、庭に出るのも良いけど、父上の従魔がいるから気をつけてね」
「キキキッ? (マルティンの従魔?)」
隷属の首輪をつけて従魔としているため、勝手に邸から出て行くようなことはしないだろう。
その思いがあるため、エリアスはルスの好きにさせることにした。
しかし、すぐにあることに思い至る。
父のマルティンの従魔が、庭にいることをだ。
そのことを聞いたルスは、密かに好奇心が湧いていた。
「キ~キキッ? (ん~どこだ?)」
何の魔物だか分からないが、公爵家当主の従魔には興味がある。
そのため、エリアスと別れたルスは、早速庭に出るとマルティンの従魔を探し始めた。
「ワウッ! (おいっ!)」
「キッ? キキッ? (んっ? なんだ?)」
チョコチョコと庭を動き回っていると、少し離れた所から声を掛けられた。
その声がした方向から、一匹の魔物がルスに近付いてきた。
「キキキッ……(狼種か……)」
近くまで来たその魔物が見下ろしてくるなか、ルスはその魔物が何の種類なのかを判断する。
大きな体に鋭い牙を持った狼種だ。
どうやら、この狼がマルティンの従魔のようだ。
「ワウッ! ワウッ! (貴様! 俺の縄張りで何をしている!)」
「キッ!? (あ゛っ!?)」
牙をむいて威圧してくる狼。
その態度に苛立ちを覚えたルスは、こめかみに血管を浮き上がらせた。
「キキッ! (うるせえな!)」
高圧的な態度が気に入らないルスは、殺気を込めて狼を睨みつける。
“ビクッ!”
「キャイン!」
濃密な死の気配。
ルスから放たれた殺気で格の違いを感じ取った狼は、尻尾を巻いて後ずさった。
「キキッ! キキッ! (いいぞ! 行けっ!)」
「ワウッ! ワウッ! (ウス! 兄貴!)」
「キキッ! キキキッ! (ハハッ! ハハハッ!)」
狼の背中に乗り、指示を出すルス。
その指示に従い、マルティンの従魔の狼ことラッシーが庭を走り回る。
乗馬ならぬ乗狼に、ルスは楽しそうに笑い声を上げた。
そのやり取りからも分かる通り、強さの違いを感じ取ったラッシーはすぐにルスに懐いた。
ルスのことを兄貴と呼ぶほどに。
「わぁ〜! すごいや! ラッシーと仲良くなれたんだね」
乗狼を楽しんでいるルスの所に、学習の時間が終わったエリアスが現れた。
狼の魔物であるラッシーは、この邸の数人の人間以外懐いたりしない。
同じ魔物とはいえ、犬猿の仲になるのではないかと思っていたため、エリアスは分かれる前に注意していたのだが、それは杞憂だったようだ。
自分の従魔が父の従魔と仲良くなったことが嬉しいのか、エリアスは笑顔で拍手しながら2匹のもとへと近づいていった。
「ルスと遊んでくれてありがとね。ラッシー」
「ワウッ! ワウッ! (ウス! ボン!)」
ルスを背に乗せたラッシーに近付くと、エリアスはラッシー全身を両手で撫でまわす。
主人であるマルティンの息子であるため、ラッシーも嬉しそうにされるがままだ。
エリアスには分からないだろうが、どうやらラッシーはエリアスのことをボンと呼んでいるようだ。
「少し早いけど、もうすぐお昼だから行こうか? ルス」
「キキッ! (あぁっ!)」
ひとしきりラッシーを撫でまわしたエリアスは、お昼を食べにダイニングルームへ向かうため、背に乗るルスに手を向ける。
その言葉を聞いたルスは、差し出された手を登り、特等席ともいえる肩へと腰かける。
「キキッ! キキキッ!(またな! ラッシー!)」
「ワウッ! ワウッ! (ウス! お待ちしております!)」
エリアスの肩に乗ったルスが手を振りながら声をかけると、ラッシーも嬉しそうに返答しながら見送った。