第8話 ルス
「ルス! 今日から君の名前はルスだ!」
「キキッ……(ルスか……)」
少年エリアスの邸にたどり着いた翌日。
父であるマルティンの「この子の名前は決めたのか?」という問いに対し、頷いた後、エリアスから発せられた言葉がこれだ。
どうやら、今世の名前はルスに決まったようだ。
元タルチージオもルスという名がしっくり来たのか、すんなりと受け入れた。
「セバス! あれを……」
「ハッ!」
マルティンの短い言葉を受け、セバスがすぐに動く。
そして、すぐに戻ってきたセバスの手には、小さな輪っかのようなものが握られていた。
「……それは?」
指輪にしては大きく、腕輪にしたら小さい。
そんな輪っかをセバスから渡されたエリアスは、これを持ってこさせた父に問いかける。
「隷属の首輪だ。それを付ければ従魔ルスはお前の従魔になる」
「あぁ、昨日言っていた……」
父の言葉を受け、エリアスは昨日言われていたことを思い出した。
大人の片手サイズの小さい猿のルス。
普通の従魔術を使用して従魔にすることもできるが、それだと体に大きな紋章が浮かんで見た目が良くなくなる可能性もあるうえに、強力な痛みでピグミーモンキーのルスでは死んでしまうかもしれない。
そのため、首輪をつけて従魔にするのが一番無難だと判断したマルティンは、隷属の首輪を用意したのだ。
「従属の首輪ってそんなに簡単にできる物なの?」
「いいや、一から作ると最低でも一週間はかかる」
ルスを従魔にすることが決まったのは昨日のことだ。
それなのに、翌日には用意できているため、エリアスは簡単に手に入れられるものなのかと疑問に思い、父に問いかけた。
魔道具師に依頼すれば、貴族なので優先してもらえるだろう。
だからと言って、どんなに急いでも五日はかかる物だ。
しかも、今回は小さい首輪に隷属の魔法陣とサイズを調整する魔法陣を描かなくてはならない。
細かい作業をするのに集中力がいるため、更に二日は余計にかかるとしても一週間は必要となる。
そのため、マルティンはエリアスの問いに首を左右に振って返答した。
「だから今回は以前使用人が飼っていた鳥の従魔の首輪を使うことにした。使い古しになってしまうが、手入れしてあるので問題ないはずだ」
「全然気にしません!」
昨日の今日で小さい魔物用の隷属の首輪を用意できたのは、たまたま持っていたからと言うのが正しい。
以前働いていた使用人の従魔が亡くなり、その首輪を使用することにした。
あまり縁起がいいとは言えないが、エリアスは少しでも早くルスを従魔にしたい様子だったため、この首輪を使うことに決めたのだ。
マルティンが思った通り、エリアスは嬉しそうにその首輪をもってルスの所へと駆け寄って行った。
「エリアス。その首輪をつける前に言っておきたいことがある」
「……はい。なんでしょう?」
すぐにでも首輪をつけようとするエリアスに、マルティンが待ったをかける。
その真剣な声色に、エリアスは手を止めて緊張気味に返答した。
「魔物とはいっても生き物だ。従魔にする以上、私とソフィアに最後まで面倒を見ることを誓えるか?」
「そうね。大切な事よ」
魔物を従わせて使役する以上、主となる者には責任が伴う。
エリアスはまだ子供だ。
もしかしたら、一時の気持ちの高ぶりでルスを従魔にしようと考えているのかもしれない。
そのため、マルティンは従魔を持つことの自覚をしっかり持つよう、自分と妻のソフィアに誓わせることにした。
ソフィアも同じ思いに至ったため、マルティンの言葉に賛同した。
「はい! 誓います!」
ルスの面倒を最後まで見る。
昨日もそうだが、両親に言われたことで、その決意を再度したエリアスは、真剣な表情で2人に向かって宣言した。
「よし。じゃあ、ルスにその首輪をつけてあげなさい」
「はい!」
息子の宣言に、これならだ丈夫だろうと安心したマルティンは、首輪をつけることを勧める。
それを受け、エリアスはルスに首輪をはめてあげる。
「キッ? (おっ?)」
その首輪はルスには若干大きく、緩い状態での装着になった。
しかし、装着者の魔力を吸収して少しずつ変化していき、ちょうど良いサイズになると変化が止まった。
どうやら、サイズを調整する魔法陣が描かれているようだ。
その様子を見て、ルスは思わず面白いと言わんばかりの声を上げた。
「良かったね。これで今日からルスもうちの家族だよ」
首輪をはめられても特に嫌そうな反応はしない。
それどころか、なんだか楽しそうな反応をしているのを見たエリアスは、嬉しそうにルスを両手に乗せて話しかける。
「キキッ! キキキッ! (おうっ! よろしくな!)」
この少年に付いてきたのは、まだ少年の身に何かあるかもしれないからだ。
と言うのも、少年を襲っていた者たちは、盗賊の身なりをしていたがどこか軍事統率されているような動きをしているように見えた。
もしかしたら、この家に良からぬ思いを持つ者が、少年を亡き者にしようと考えているのかもしれない。
証拠はなく、あくまでもルスの勘みたいなものなので確信は持てない。
家族と言われてなんだか照れくさくもあるが、しばらくはこの少年の身を守りつつのんびりさせてもらおうと、ルスは片手を上げて返事をしたのだった。