第5話 少年(エリアス)
「キキッ! キキッ! (おいっ! 起きろ!)」
「……んっ?」
盗賊らしき者たちを倒したタルチージオは、横倒しになっている幌の扉を開けて中に入り、気絶している身なりの良い少年の頬をペチペチと叩いて起こしにかかる。
すると、軽い痛みに反応したのか、少年が目を覚ました。
「あれっ?」
目を覚ました少年は、状況を確認するように周囲をキョロキョロと見渡す。
「そうだ! 盗賊……!!」
目を覚まし、ようやく記憶の整理ができたのだろう。
少年は盗賊の襲撃に備えるため、腰に差した短剣に手を掛けた。
「キキッ、キキーキッ!! (ボウズ、大丈夫か?)」
「魔物っ!? ……って、ピグミーモンキーか……」
盗賊の事ばかりに頭が行っていて、少年は近くにいる魔物に気が付かなかった。
そして、ようやくタルチージオに気付き、一瞬慌てたが、魔物とはいっても最弱のピグミーモンキーだと分かり、脅威にはならないと安心したようだ。
「盗賊は……? ……死んでる?」
ピグミーモンキー(タルチージオ)のことなど後回しにし、少年はゆっくりと幌の外の様子を窺う。
すると、生き残っている敵はいないらしく、周囲には盗賊の死体が転がっていた。
「……た、助かったのかな?」
震えながら短剣の柄に手を掛けていた少年は、盗賊の全滅を確認してようやく肩の力を抜いた。
「う、うぅっ……」
盗賊の脅威がなくなったことに安心し、少年が外に出ると、幌の近くで気を失っていた白髪交じりの初老の男性が目を覚ました。
その身なりから、恐らくは少年の執事ではないかと窺える。
「サカリアス!?」
「……ぼ、坊ちゃま……?」
少年の呼びかけから、どうやらこの男性はサカリアスという名前らしく、目を覚ましたばかりで記憶が混濁しているのか、状況が把握できていない様子だ。
「っ!! 坊ちゃま! この状況は!?」
横倒しになっている馬車の幌と盗賊たちの死体を見てようやく状況を理解したのか、サカリアスは慌てたように少年に話しかける。
「僕にも何が起きたのか分からないけれど、どうやら助かったみたい。もしかしたら、魔物にでもやられたのかもしれない」
少年の予想はある意味正解だが、まさか弱小で有名なピグミーモンキーが倒したなんて思いもしないだろう。
「ここにいると今度は僕たちも魔物に襲われるかもしれない。森から出て近くの町へ向かおう」
「そうですね」
自分たちは気絶していたため、どんな魔物が盗賊たちを倒したのか分からない。
何にしても助かった命。
このままここにいて、その魔物に襲われる訳にはいかない。
そう考えた少年は、森から脱出することを提案し、サカリアスもそれに応じた。
「キキッ! キキキッ!(乗り掛かった舟だ。町まで付いて行ってやるよ!)」
「ぼ、坊ちゃま……」
森から出るには少し歩かないとならないため、その間に魔物と遭遇する可能性がある。
せっかく盗賊から助けたというのに、彼らが魔物にやられてしまったのでは徒労に終わってしまう。
そうならないために、タルチージオは付いて行くことにし、少年の肩に乗った。
成人男性なら難なく倒せる弱小魔物のピグミーモンキーとはいっても一応魔物。
仕える者としては、タルチージオを少年から離すべきか悩むところだ。
「んっ? 君もついてくるのかい?」
「えっ?」
「キキッ! (おうっ!)」
「そうか。よろしくね」
「えぇっ?」
肩に乗ったタルチージオに対し、少年は懐いていると受け取ったのか、普通に話しかける。
それに対し、タルチージオはジェスチャーで返答する。
魔物とはいっても見た目はかわいい小猿。
そのためか、警戒心など全くなく、少年はタルチージオも一緒に移動を開始することにする。
少年とタルチージオの間でいつの間にか決定したことに、魔物と共に行動することを止めたいサカリアスだけが戸惑いの声を上げていた。
◆◆◆◆◆
「おぉっ! 坊ちゃま! 街道に出られましたよ!」
「本当だ! やった!」
どれくらいの時間歩いただろう。
代わり映えの無い景色の森の中を突き進み、少年とサカリアスはようやく街道に出ることができたことを喜んだ。
「それにしても、これだけ歩いているのに魔物と遭遇しないなんて……」
街道に出たことで安心したが、サカリアスはふと疑問に思っていた言葉を呟く。
その言葉通り、馬車が倒れたところからここまで魔物に遭うことがなかったからだ。
幌を引き、盗賊に襲われたことで逃げた馬も、魔物に襲われたらしく死体が転がっていた。
自分たちも同じようになる可能性を感じ、怯えながら進んでいたことが無意味のような結果になった。
嬉しい結果ではあるが、さすがに違和感を感じてしまう。
「運が良いのか悪いのか……」
盗賊に襲われ、護衛たちは全滅。
それは完全に悪運。
気が付いたら盗賊たちが倒れており、自分たちは命が助かった。
それはどう考えても幸運。
こんなことが起きるなんて、地獄と天国を行き来するようなものだ。
比較的安全な場所にたどり着いたことで、少年はどっと疲労を感じつつ呟いたのだった。