第4話 遭遇
「キキッ!!」
「ギャウッ!!」
大人の男性の手のひらサイズの小猿が高速で動き、強力な魔力の刃で巨大なワニの魔物を葬り去る。
小猿は、転生したタルチージオだ。
「キキッ! (肉ゲット!)」
ワニの大きさは全長5m近くあり、元タルチージオの小猿は倒したワニの目玉よりも小さい姿をしている。
この巨大ワニは地竜と呼ばれる魔物で、竜種の中でも弱いとされてはいるが、冒険者の中でもある程度の実力の有する者を数人集めて事に当たらなければ倒せるような魔物ではない。
こんな小猿がソロで倒せるなんて、とてもではないが信じられない状況だ。
しかし、そんなことお構いなしといった感じで、タルチージオは動かなくなった地竜の頭の上に立ってガッツポーズを取った。
「キー! キキッ!! (おぉ! 焼けた!)」
魔法を使用して解体した地竜の肉を土魔法で作った竈で焼き、タルチージオは完成した料理に食らいついた。
「キキーッ!! (う~まいっ!!)」
肉汁たっぷりに仕上がった地竜のステーキに、タルチージオは嬉しそうに声を上げる。
「フゥ~……」
お腹がポンポンになるまで地竜肉を食べたタルチージオは、満足そうにその場に寝っ転がる。
『ハァ~……、それにしても……』
見上げた先には綺麗な星空が広がっている。
それをぼんやりと見ていたタルチージオは、これまでのことを思い出していた。
『まさかピグミーモンキーだもんな……』
転生してから人生、もとい、猿生は辛かった。
死んだと思ったら転生していたのはラッキーだったが、よりにもよって転生した先は魔物のピグミーモンキーだった。
他の魔物に遭遇すればすぐに殺されてしまうような最弱クラスの魔物であり、折角転生したのにすぐに危険が迫っている状況だった。
『まぁ、人間の時の知識があったから何とかなったけど……』
ただのピグミーモンキーだったならば、他の魔物に遭遇してすぐにまた死んでしまっていただろう。
しかし、自分には人間の時の知識があった。
それを利用したことでこれまで生き残ることができ、今では地竜を倒せるようにまでなった。
『それでも結構きつかったな……』
人間の時の知識により、小猿の姿でも魔法を使うことができた。
しかし、所詮はピグミーモンキー。
魔力量は僅かでしかなく、転生したての頃は生き残ることに必死だった。
この世界では人間だろうと魔物であろうと、生物を殺すと僅かながら身体能力が成長する。
そのため、ピグミーモンキーと同等程度の魔物を地道に倒していくことで、少しずつ強くなり、今では地竜を倒せるまでになった。
『魔物には寿命がないって話だけど、本当かもな……』
ここまでの強さに慣れたことの理由の一つに、魔物の寿命のことも関係してくる。
人間にとって危険な生物の魔物。
その生態を理解すれば、被害に遭う人間の数を減らすことができる。
そう考え、魔物を研究する者が生まれるのは必然だ。
そう言った研究者の中で言われているのが、魔物には寿命がないのではないかと言うことだ。
では、魔物はどうして死ぬのか。
それは、他の生物に殺されるか、魔物特有の病によってではないかという説が有力とされている。
タルチージオもその説のことを知っていた。
そのため、長い年月をかけて今に至っている。
見た目が小さいため子猿のように見えるが、今のタルチージオは転生して150年以上は経過している。
転生したての時は確かに子猿だったが、成体になってから全く見た目は変化していない。
そのことから、魔物に寿命がないという説は正しいのではないかと思っている。
『とは言っても、些か飽きてきたな……』
地道に成長を続けたことで、今ではピグミーモンキーでありながら強くなり、今では地竜を単独で倒せるまでになった。
死なないために強くなれるのは良いことだが、最近は強い魔物と遭遇することもなくなり、ただ何となく生きているにすぎなくなってきている。
そんな惰性のような日々に、タルチージオは飽きてきていた。
◆◆◆◆◆
『んっ!? ……なんだ?』
飽きつつも特に変えるつもりもない日々を過ごしていたタルチージオ。
そんなある日、いつものように森の中で過ごしていたら、少し離れたところから騒がしい音が聞こえてきた。
『貴族が襲われてる?』
何が起きているのか気になり、タルチージオは確認に向かう。
すると、馬車が馬に乗った盗賊たちに追いかけられていた。
馬車には紋章が描かれており、貴族のものだということが分かる。
『マジか……』
この状況に、タルチージオは前世を思い出していた。
前世では、貴族が襲われているところを助けたことで命を落とすことになった。
そのため、この状況をどうするか悩む。
前世の時のように助けるべきか、ピグミーモンキーとはいえ今は転生して魔物になのだから、無視しても問題ないのではないかと。
『……あれっ? あの紋章って……』
タルチージオの中で6割がた無視することに心が傾いたのだが、追われている馬車の紋章を見てあることに気付く。
『前世の俺が助けたのと同じ紋章だ!』
どうやらあの紋章の貴族と縁があるらしい。
前世の時と同じく、盗賊に襲われているようだ。
「……キキッ! (……しかたない!)」
見逃す気に傾いていたのだが、あの紋章を見ていたら気が変わった。
そのため、魔力を身に纏うことで身体強化を図り、馬車を追いかけることにした。
「ヒヒーンッ!!」
「よしっ!」
貴族の馬車を追いかける盗賊たち。
その中の一人の放った矢が馬の尻に刺さり、馬は悲鳴を上げて倒れてしまった。
それによって幌の部分がバランスを崩し、横倒しになってしまった。
足止めに成功し、矢を放った盗賊は拳を握って笑みを浮かべた。
「中の奴を引きずり出して、身ぐるみ剥いでやれ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
先頭を走っていた体格の良い男が他の盗賊たちに指示を出す。
あの男が盗賊たちの頭なのだろう。
その指示に従い、盗賊たちは馬から降り、倒れた幌の部分に向かって歩き出した。
「キキッ!!」
「「「「「っっっ!?」」」」」
幌へと近づいた盗賊たちに向かって風の刃が襲い掛かる。
追いついたタルチージオによる風魔法だ。
全く無警戒だった盗賊たちは、悲鳴を上げる間もなく細切れになって死に絶えた。
「なっ!? だ、誰だ!?」
「キキッ!!」
「ピ、ピグミーモンキー……?」
20人近くいた盗賊たちのうち、四分の一は始末できた。
残りの盗賊を迎え撃つため、タルチージオは幌の部分に降り立った。
その姿を見た盗賊たちは戸惑いの声を上げる。
それもそのはず、強力な風魔法によって仲間が殺られたと思ったら、それをしたのが弱小魔物のピグミーモンキーだったからだ。
「キキキッ。キキキーキ、キキッ!! (全員殺す。死にたい奴からかかって来い!!)」
「……おいっ! さっさと殺れ!」
「「「「「うっス!!」」」」」
幌を守るように仁王立ちし、タルチージオは盗賊たちに手招きした。
ピグミーモンキーのような弱小魔物に邪魔をされ、盗賊たちは怒り心頭だ。
そんな部下たちに対し、頭の男が始末するように言い、指示を受けた部下たちはそれぞれの武器を手に、殺気満々でタルチージオに襲い掛かって行った。
「キキッ!! (死ねっ!!)」
「「「「「っっっ!?」」」」」
迫りくる盗賊たちに対し、タルチージオは魔力を溜めた両手を前に出す。
そして、その両手からマシンガンのように魔力の弾が発射される。
目にも止まらぬ超高速で飛来する弾丸により、盗賊たちは頭の男以外蜂の巣のように体中に穴をあけて絶命した。
「なっ!? 何でピグミーモンキー……がっ!?」
「キッ!! (ハッ!!)」
自慢の部下たちが一瞬のうちに死滅した。
それをしたのがピグミーモンキー。
そんな受け入れがたい現実に戸惑いながら、頭と思われる男は腰に差していた剣を抜き放つ。
しかし、そんなことをしてももう遅い。
タルチージオの手から放たれた魔力の弾丸一発が脳天を撃ち抜いた。