第3話 プロローグ③
「ハッ!!」
「ぐっ!!」
攻撃を止められたタルチージオだが、そこで止まらない。
太ももにローキックを放ち、ウンベルトの表情を顔を歪めさせた。
「チッ!」
スピードで敵を翻弄し、毒を仕込んだ剣で一撃を見舞う。
それがウンベルトの強みだ。
至近距離での攻防は望むところではないため、ウンベルトは舌打ちと共に距離を取ろうとする。
「なっ!?」
「逃すか!」
距離を取れられてしまうと、タルチージオにとっては捕まえるのに時間が掛かるばかり。
そのため、ウンベルトを逃がすわけもなく、追いかけて攻撃を図る。
「がっ!?」
接近と共に上段から振り下ろしたタルチージオの剣を、ウンベルトは自身の剣で受け止める。
それを見越していたかのように、タルチージオはまたもローキックをウンベルトに放ってダメージを与える。
「くそっ!」
「はっ!」
このままでは、タルチージオの蹴撃を受けることになる。
攻撃を与えるためにも、何としても距離を取らなければならないと、ウンベルトはタルチージオを引きはがそうと動く。
しかし、そんなウンベルトを嘲笑うように、タルチージオは追いかけて距離を取らせない。
「やはり撃たれ弱いな! たった2発でもう速度が落ちているぞ!」
自慢の高速移動によって、あっという間に敵を葬ってきたのだろう。
速度に対応できない敵を相手にしてきたことで攻撃を受けることなんてなかったため、撃たれ弱いのではないかと思っていたがその通りだった。
2発のローキックによるダメージで、ウンベルト自慢の移動速度が落ちている。
そのため、タルチージオは段々とウンベルトとの距離を縮めていった。
『こいつ……っ!!』
たしかにローキックによるダメージで速度が落ちた。
そのせいで、距離を取ることができなくなっている。
しかし、ウンベルトの頭の中では腑に落ちない思いが浮かんでいた。
「てめえっ! 毒が聞いていないのか!?」
自分の武器には毒が仕込んである。
それなのに、タルチージオの動きが鈍っていないため、納得いかないウンベルトは思わず問いかけた。
「生憎、毒耐性が高いんでな!」
「ふざけんな!」
ウンベルトの問いに対し、タルチージオは余裕の笑みと共に返答する。
自分の武器に仕込んである毒はかなり強力なもので、上級の魔物でも数分で動けなくなるという代物だ。
毒に耐性があると言っても、とても人間が耐えきれるはずがない。
そのため、タルチージオの返答を受けたウンベルトは、信じられない気持ちから冷静さを失う。
「死ね!!」
冷静さを失ったウンベルトは、距離を取ることをやめてタルチージオに向かって突きを放つ。
「……焦ったな!」
「っっっ!?」
加速するための距離が取れなくても、これ以上脚にダメージを負う前に仕留めてしまえば良い。
そう考えたウンベルトは、距離が近い状態のまま今出せる全速力をもって勝負を決めるつもりでいた。
それに対し、こう来ることを予想できたタルチージオは、ウンベルトの冷静に回避行動をとる。
とんでもない速度とはいっても焦りから雑になっている攻撃のため、無理なく躱すことに成功したタルチージオは、がら空きになったウンベルトの胴に向かって剣を薙ぎ払いを放った。
「がっ!!」
「……すごいな。即死を逃れたか……」
自慢の移動速度を駆使してタルチージオの攻撃を回避しようとするウンベルトだったが、躱すことなどできず、浅からぬ傷を腹に負った。
タルチージオは、その反応速度に驚嘆するが、腹を斬られて大量の出血をした今では、動き回ることなど無理だ。
「まっ、ま……!」
「トドメだ!」
“ザシュ!!”
腹を裂かれてて出血して動けなくなっているウンベルトの側に立ち、タルチージオは剣を振り上げる。
死に直面し、ウンベルトは恐怖から命乞いをしようとしてきた。
しかし、闇ギルドの人間相手にそんなこと聞くに値しないため、タルチージオは問答無用で剣を振り下ろす。
頸動脈を斬られたことで大量出血をし、ウンベルトは崩れるようにして倒れて動かなくなった。
「……さて、上手く逃れられたようだな……」
タルチージオが一番危険なウンベルトを相手にしたことで余裕ができたらしく、護衛の騎士たちは他の敵たちを抑えることに成功している。
そして、タルチージオが勝利した時には、護衛役の隊長だと思われる壮年の騎士はいなくなっていた。
どうやら、主人を連れてこの場から脱出することに成功したようだ。
「そう…か……」
名前も知らない貴族だったが、顔つきから少年だったことは確認できた。
自分の協力によって、その貴族の少年を助けることができたようだ。
そのことを安堵したタルチージオは、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「ハ…ハッ! 痩せ…我慢も…限界だ……」
座り込んだタルチージオは、どんどん顔色が悪くなり倒れ込んだ。
ウンベルトには耐性が高いと言っていたが、実はきちんと毒は効いていた。
勝利するために効いていないフリをしていたに過ぎない。
その我慢もとうとう限界に来たらしく、体が上手く動かせなくなってしまった。
『あぁ……、余計なことに首を突っ込んじまったな……』
毒が回り、もう口を開くことすらできなくなった。
死がすぐそこまで迫る状況のなか、タルチージオは頭の中に色々なことが浮かんでくる。
どうやら、これが走馬灯というやつのようだ。
そして、最期に思ったことは、こんな結果になるくらいなら無視して離れるべきだったという後悔だった。
◆◆◆◆◆
『俺は毒が回ってあの時に死んだはずじゃ……』
目を覚ます前の出来事を思い出したタルチージオ。
そして、自分は毒によって命を落としたはずなのに、どうしてここにいるのか分からない。
森の中のため風景はそんなに変わっていないが、何となく植物の種類が違うように感じる。
何故なら、倒れた時の森よりも南に生息している植物がチラホラと視界に入ったからだ。
『ひとまず、水でも飲むか……』
なんだか喉が渇いたため、タルチージオは水を飲むことにした。
都合がいいことに川が近くに流れているのが見えるため、タルチージオは木から降り、その川へ向かった。
『…………』
すぐに川岸に着いたタルチージオは、緩い川の流れのため、手ですくって喉を潤す。
そして、一息ついた後、空を見上げて遠い目をする。
『……分かってた。分かっていたけど……』
空を見上げながら、心の中で呟くタルチージオ。
死んだはずの自分が生きている。
もしかしたら何者かに助けられたのかとも思ったが、それは気を失うまでの状況からして可能性は低い。
そして思いついたのは転生。
それならばこの状況の説明がつくが、どうして前世の記憶を持っているのか分からない。
それよりも、タルチージオの中で一番納得できないことがある。
それが、川の水面に映った自分の姿を見たことで強くなった。
「キキーキキーーーッ!!(何で猿なんだーーー!!)」
目を覚ます前の出来事を思い出している時、何もしなかったわけではない。
怪我をしていたはずの自分の体を確認していた。
確認によって怪我をしていないことは分かったが、それ以上に突っ込みたいところがあった。
どう見ても全身毛むくじゃらで、明らかに人間の姿ではない。
その時点で頭の中では転生の文字浮かんでいたのだが、まだ完全に受け入れられないでいた。
そのため、水を飲むついでに最終確認をするために川岸に来たのだ。
そして思った通りの姿が水面に映っていたのを確認して、タルチージオは思わず叫ばずにはいられなかった。
書いていたら、いつの間にかプロローグが長くなってしまいました。次から主人公の人生ならぬ猿生に移っていく予定です。