第2話 プロローグ➁
「フンッ!!」
「クッ!!」
急接近と共に剣で斬りつけてくる盗賊の頭。
その攻撃をタルチージオは剣で受けることで防ぎ、後ろに飛び退くことで一旦距離を取る。
『やっぱ速いな……』
離れたところの木に身を隠して様子を窺っていたら、この盗賊の頭にいつの間にか背後を取られてしまい、脇腹に傷を負うことになってしまった。
タルチージオは、油断していたとはいえそうなることになった理由を理解している。
それは、もちろん気配を消す技術も高いが、気づいた時には側にいるほどの移動速度だ。
「ハッ!!」
「フッ!!」
右から接近し、斬りかかると見せかけて左へサイドステップ。
そこからの上段からの斬りかかり。
盗賊の頭のフェイントも混ぜた高速攻撃にタルチージオは反応し、その攻撃を剣で弾く。
「……見えているようだな」
攻撃をことごとく防ぐタルチージオに対し、盗賊の頭が呟く。
自分の攻撃は速度重視。
その速度によって、あっという間に敵を始末することを自信としてきた。
しかし、目の前の冒険者は、自分の攻撃を防いでいる。
プライドを傷けられ、盗賊の頭の顔から笑みが消えていた。
「あぁ、まあな……」
盗賊の頭の呟きに、タルチージオが返答する。
見えているかと聞かれれば見えている。
しかし、正確に言うとハッキリと見えているわけではない。
冒険者としてのこれまでの経験からくる洞察力によって対応できているというのが正解だ。
「それもいつまでもつかな……」
タルチージオの返答に、盗賊の頭はステップを踏む。
その表情や態度からして、ここからは本気で行くと言っているようなものだ。
「……勝つまでさ!」
これ以上の速度となると、対応できるかギリギリだ。
しかし、そんなことを言えば敵の心情を有利にしかねない。
そう考えたタルチージオは、表情に出さずに強気の返答をした。
「フッ! ちょっと攻撃を防げるくらいで調子に乗るなよ!」
「ぐっ!!」
「っっっ!?」
思った通り、盗賊の頭の速度が上がる。
そのとんでもない速度によって接近した盗賊の頭は、タルチージオの喉元を狙って突きを放ってきた。
警戒すると共に集中力を上げたタルチージオは、その攻撃をギリギリのところで受け止めることで防御に成功する。
攻撃を止められ、盗賊の頭は目を見開いた。
「これを防ぐなんて、マジか……」
全速力による攻撃。
これで今まで多くの人間を仕留めてきた。
自分にとって必殺技ともいえる攻撃を、まさか名前も知らないような人間に防がれるとは思いもしなかった。
そのため、頭に浮かんだ思いが口から出ていた。
「……瞬殺のウンベルト」
「なっ!?」
鍔迫り合いの状態になったタルチージオと盗賊の頭。
その状態のまま、タルチージオが小さく呟く。
それを聞いた盗賊の頭は、驚きの声を漏らすと共に後方へと飛び退いた。
「その反応だと正解のようだな? 闇ギルドの人間が関わっているということは、暗殺依頼か……」
タルチージオのような冒険者とは違い、非合法な裏の仕事を請け負う闇ギルド。
その闇ギルドに所属している人間で、目にも止まらぬ速度で動き回り、暗殺を遂行するウンベルトという名の人間が所属している。
そういった噂が、瞬殺という二つ名と共に密かに広まっていた。
盗賊の頭を装っているが、目の前の男はその二つ名に合致していると思って口に出したのだが、どうやら正解だったようだ。
「……お前は何者だ? なんでお前のような奴が無名なんだ?」
噂を知っている人間は、冒険者の中でも少数。
情報収集能力のある冒険者ギルドのマスターや、高ランク冒険者くらいのものだろう。
噂を知っている上に自分の必殺技を止めていることから、目の前の男は確実に高ランク冒険者のはずだ。
しかし、高ランク冒険者なら顔か名前くらい分かりそうなはずなのだが、自分は目の前の男の名前を知らない。
タルチージオから得体の知れない恐れを抱き、ウンベルトは思わず問いかけた。
「俺の名はタルチージオ。先日Bランク冒険者になったばかりのソロ冒険者だ」
わざわざ教えてやる必要はないが、聞かれたので名乗ることにしたタルチージオ。
ちなみに、Bランクは冒険者ランクの中で上から3番目のランクだ。
Bの上にはA、その上にSというランクが存在している。
しかし、Sは滅多なことで与えられるランクではないため、Bでも高ランク冒険者と言っていい。
「……タルチージオ。なるほど、Bランクなりたてか……」
Bも一応高ランクだ。
自分の噂のことを知っていても不思議はない。
しかし、名前を聞いても覚えがないと思っていたが、「なりたてでは知らなくても仕方がないか」とウンベルトは思った。
闇ギルドの警戒するべきはAランク以上で、Bランクならば将来性のある人間くらいだ。
そのため、Bランクになりたての人間なんて、まだ警戒するべきリストに上がっていなくても違和感はない。
「殺されたくなければ降参したらどうだ?」
「降参? 馬鹿なこと……を?」
タルチージオの名前とランクを知ったことで先程までの恐れが薄いだらしく、余裕ができたウンベルトは、僅かに笑みを浮かべて降参を持ち掛けてきた。
闇ギルドの任務を遂行するのが目的なのだろうが、ここで自分だけ逃げるわけにもいかないため、タルチージオはその提案を突っぱねようと思った。
しかし、その返答途中で自分の体の力が抜けていくような違和感に気付いた。
「くっ! 毒か……」
「ようやく効いてきたか。耐性が高いな」
体調に異変がある心当たりと言えば、ウンベルトに脇腹を斬られていることくらいだ。
そのことから、タルチージオはウンベルトの武器に仕込まれた毒による体調変異なのだと判断した。
浅い傷のためそれほど気にしていなかったのだが、まさか武器に毒を仕込んでいるとは思わなかった。
初撃を躱しきれなかった自分のミスに、タルチージオは歯を軋ませる。
タルチージオのその表情を見て、ウンベルトは安堵の籠った声で呟いた。
なかなかタルチージオの様子に変化がないことから、ウンベルトは密かに毒を仕込むのを忘れていたのではないかと自分を疑い始めていた。
しかし、どうやらタルチージオには毒耐性があったために効きづらかったのだと判断した。
「俺の速度に反応できるのはBランクにしては有能だな。もしかしたら、そのうちAランクになれる器だったかもな。まぁ、毒で死ぬか、俺に斬られて死ぬかくらい好きにし……なっ!」
「くっ!」
言い終わりと共にタルチージオへの攻撃を再開するウンベルト。
色々な方向から斬りかかってくるウンベルトの攻撃を、タルチージオは必死の形相で防いだ。
「これだけの実力がありながら、どうして闇ギルドなんかに……」
「そりゃあ、お前……」
ウンベルトの連続攻撃を防ぎながら、タルチージオは問いかける。
闇ギルドなんかではなく、普通の冒険者ギルドで充分稼いで行ける実力を有しているからだ。
タルチージオのその問いに、ウンベルトは攻撃を続けながら返答をする。
「人殺しが好きだからに決まっているだろ?」
「……チッ! クズがっ!」
僅かな間をおいて紡がれたウンベルトの返答に、タルチージオは思わず舌打ちをして悪態を吐く。
訳があって闇ギルドに身を寄せなければならないのかと思って問いかけたが、私欲のためだというくだらない理由だというだから、タルチージオの反応は当たり前と言わざるを得ない。
「フッ! ほざいてないでさっさと死ね!」
タルチージオの悪態なんてどこ吹く風と言うかのように、聞き流したウンベルトは攻撃を続けた。