第1話 プロローグ①
『…………あれっ?』
目が覚めると森の中だった。
それも、木のうろの中だ。
『ここは……?』
どうしてこんなところにいるのか分からない。
『俺は確か……』
ここにいる理由を思い出してみる。
自分はタルチージオという名で、ソロの冒険者をしている。
気分次第で薬草の採取や魔物を倒すといった仕事を選びつつ、マイペースな日々を過ごしている。
魔力量が人よりも少し多かったこともあり、自分で言うのもなんだが少しは名の知れた冒険者だ。
『そうだ! あの時……』
自分がここにいる答えを出すため、タルチージオは記憶を呼び起こした。
◆◆◆◆◆
「んっ?」
その日、タルチージオは拠点としている町の冒険者ギルドの依頼を受け、近くの森に出現しているという小鬼の魔物であるゴブリンの討伐に向かった。
ゴブリン程度の魔物の討伐なんて全く苦にもならず、簡単に数体倒して町へ帰ろうとしたところで彼は異変を感じ取った。
「あれは……」
街道が荒れている。
馬車が通ったのだろう。
車輪の跡が街道の外の草むらへと向かって行っている。
何かから逃げているうちに、馬が御者の指示を無視して森の方に走ってしまったのかもしれない。
「貴族か……」
何が起きたのか気になったタルチージオは、確認をするために車輪の跡を追って草むらの中へと入って行く。
そして、少し移動したところで馬車のキャビンが横に倒れているのを発見した。
そのキャビンには、貴族を示す紋章が描かれている。
孤児で平民のタルチージオには、その紋章がどこの貴族家を示すものなのかは分からない。
『まぁ、あの護衛の人数じゃ大した爵位の貴族じゃないだろ……』
離れたところから様子を見るタルチージオは、キャビンの周辺に倒れている人間たちを見て、頭の中で感想を述べる。
結構な拵えをした鎧を着ているところを見ると、倒れているのは護衛なのは分かるが、まだ立っている護衛含めても二桁に達しないような人数しかいない。
そのため、護衛の対象者は、貴族としてそこまで地位の有る人間ではないのかもしれないと判断した。
『それにしても……』
護衛の騎士たちを倒したのは盗賊たちだ。
街道で待ち受けて、そこを通ろうとした貴族の馬車に襲い掛かったのだろう。
護衛たちの被害人数に比べ、盗賊たちの死人は少ない。
そのことから、タルチージオは何となく違和感を覚えた。
『手際が良すぎないか?』
盗賊の方が人数的に多いが、護衛の人数とそこまでの大差はない。
装備は完全に護衛側の方が有利なはず。
奇襲を受けたとはいっても、ここまで護衛側がやられるのはおかしい。
『計画的犯行か?』
これだけの差が出るということは、盗賊側が用意周到だったからではないか。
そうなると、今度は盗賊側の身分に違和感を覚えてきた。
「あいつら盗賊じゃないな……」
「ご名答!!」
「っっっ!?」
離れた位置で木で身を隠した状態でのタルチージオの小さな呟き。
盗賊側に聞こえるわけがないはずなのに、背後から答えが返ってきた。
その声に驚きつつも、タルチージオは背後に振り返るよりも先に横へ跳んだ。
「おぉ! 好反応!」
相手の確認より先に跳んだのは正解だった。
着地と共に視認した敵は、剣による突きを放ってきていたからだ。
背後からの奇襲攻撃が失敗したのにも関わらず、敵はタルチージオに称賛の言葉を投げかける。
何故なら、
「ぐっ!」
奇襲攻撃を超反応で回避したと思われたタルチージオだったが、完全には躱しきれず、脇腹を斬られていたからだ。
「頭!? そいつは……?」
「覗きだ。ついでに始末するぞ」
「「「「「へいっ!」」」」」
タルチージオの背後に現れた男に対し、盗賊たちが反応を示す。
そのやり取りから、どうやらこの男が盗賊たちのトップのようだ。
「……ハハッ! ついでか……」
これは明らかに計画的犯行。
ちょっとの確認のつもりだったが、貴族間のゴタゴタに巻き込まれてしまったようだ。
目撃者には消えてもらうということなのだろう。
盗賊たちは、護衛だけでなくタルチージオも攻撃対象と認定したようだ。
面倒なことに巻き込まれることになってしまい、タルチージオは思わず乾いた笑いがこぼれた。
「失礼! どこ御貴族様かはわかりませんが、助力させていただきます」
「あぁ……」
標的にされた以上、味方がいてくれた方が助かる道は大きくなる。
そう考えたタルチージオは、すぐさま護衛たちの側へと駆け寄り、隊長格と思わしき壮年の騎士に話しかけた。
明らかに巻き添えを食らったタルチージオに、その壮年の騎士は気の毒そうな表情をしつつ短い返答をした。
「……時間を稼ぎます。中の方を連れ出す準備を……」
「……すまんが頼む」
タルチージオから出された指示に、壮年の騎士が返答する。
見た限り、近くの町の冒険者だろう。
たまたま巻き込まれたそんな人間に、重要な時間稼ぎを任せるのは護衛として恥ずかしいため、壮年の騎士はその提案を突っぱねたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、この緊急事態において、自分の騎士としてのプライドは邪魔にしかならない。
主人を守ることを最優先と考えた壮年の騎士は、タルチージオの指示に従い、倒れているキャビンに向かって動き出した。
「させるかよ!」
標的の貴族をキャビンの中に閉じ込めておく方が、逃げられることもなく、任務を遂行しやすい。
そのため、壮年の騎士の動きに反応するように、盗賊の1人が剣で斬りかかる。
「シッ!!」
「がっ!?」
主人を助けに動いた壮年の騎士を狙った盗賊に対し、タルチージオが動く。
腰に差していた剣を抜き、その盗賊を斬り裂いた。
上半身と下半身が分かれることになった盗賊は、短い悲鳴と共に大量の血を撒き散らした。
「この野郎!」
仲間をやられて怒りを覚えたのか、側にいた盗賊が攻撃し終えたばかりで体勢が崩れているタルチージオに槍による突きを放つ。
「フッ!!」
「なっ!?」
迫りくる槍を、タルチージオは短い息吹と共に剣で反らす。
それによって攻撃を防いだことで、敵に隙ができた。
「フンッ!!」
「っ!!」
隙だらけになった敵の首を、タルチージオは容赦なく斬り飛ばした。
「おぉ!」
「これなら……」
タルチージオの活躍により、盗賊の数が少しずつ減っていく。
それに感化されたか、護衛騎士たちにも希望の色が見え始め、盗賊たちへの抵抗が強くなった。
「さっきの反応と言い、かなりの実力者だな」
「っ!?」
盗賊の5人目を斬り倒したところで、盗賊の頭が動く。
この中でタルチージオが一番の脅威と感じたのか、自分が相手をする気になったようだ。
「お前のせいで戦況が分からなくなっちまったじゃねえか……」
「ハッ! 知るかよ!」
タルチージオの活躍により、護衛たちの士気が上がった。
盗賊たちの標的である貴族も、壮年の騎士のお陰でキャビンの中から出ることができたようだ。
少しずつではあるが、タルチージオたちの方が有利に向かいつつあった。
しかし、戦況はまだどちらに転ぶか分からない。
この状況を作り出した元凶であるタルチージオに対し、盗賊の頭は不機嫌そうに呟く。
そんなことを言われても、タルチージオとしては知ったことではない。
「面倒だが、俺自身の手で殺してやる」
「やれるもんならやってみろ!」
本来なら、部下たちだけで標的の始末を終わらせる予定だった盗賊の頭。
しかし、そんなことを言っていられる状況ではない。
自分たちの任務を遂行するためにも、自分が動くことにした。
盗賊たちのそんな考えなんてどうでも良い。
当然殺される訳にはいかないタルチージオ。
向かい合った両者は、共に武器の片手剣を構えた。