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25、歩いて泣いて、走って、笑って

最終話になります。

少し長くなりましたが最後までお付き合いくださると嬉しいです!

 いっぱい歩く様になって一足で回しているウォーキングシューズはもうくたびれてきている。この靴でいっぱい歩いた。一人でも、ひろちゃんとでも。毎日の生活も、新しい道もたくさん。だからこの靴を手放すのはどうしても寂しい。この靴はずっと私と歩いてくれたから。


「毎日同じ靴を履くと靴の寿命は短くなるよ。長持ちさせたいなら、何足かの靴をローテーションで履くのがおすすめだよ」

 ひろちゃんは前にそう言ってくれていたから、新しい靴が欲しいと思った。履き馴れたこの靴ともまだ一緒に歩きたい、まだ私と一緒に歩いてほしいの。


 巽さんと別れたそのあと、私の足は自然とひろちゃんの店へと向かっていた。新しい靴が欲しい、理由は建前だ。


 ただ、ひろちゃんに会いたい。


「え?」

 訪れた店舗にひろちゃんはいなかった。


「ごめんね~、今日沢田、EXPOの方に行っててさ~」

「EXPO?」

「そう!スポーツ専門のアパレル・グッズが集まる専門展!うちからも出店しててね、そっちに回されてるんだ。聞いてなかった?」

 前にお店へ訪れたときに、笑顔で対応してくれた店員さんがそんな風に答えてくれて思わず黙る。


「スタッフ全員が店には戻ってこないと思うけど……沢田はどうかなぁ、聞いてみようか?」

 時計を見ながらそんな風に告げてくれる言葉を遮って聞いてしまった。


「その会場って、どこでやってるんですか?!」

「え、ちょっと遠いよ?着くころには終わってるかもだし、こっちに帰って来るの待ってる方が……」

「いいから教えてください!」

 EXPOのチラシを受け取って私は店を飛び出していた。


 会場は電車に乗って片道30分ほど、県をまたいでしまった。そこからバスに乗って最寄り駅まで行くものの人がとにかく多い。イベントは時間的に終了してしまったようだ。帰る人、まだそこに残って余韻を楽しむ人、スタッフカードを首に下げた人や機材や商品を運ぶ人などいろんな意味でごったがえっていた。


(人が多いと全然わかんないし……ひろちゃんはお客さんじゃないもんな)


 携帯をかけようと思ったが仕事中かと思うと気が引けた。それでもこの人混みの中で出会える確率はどれくらいあるのだろうか。来たはいいものの途端に不安になってくる。


(とりあえず……ラインいれよう……ここにいることを伝えて、仕事が終わったら会えないかって……)


 ――スタッフ全員が店には戻ってこないと思うけど……沢田はどうかなぁ、聞いてみようか?


 打ちながらさっきの店員さんとの会話が脳裏によみがえってハタとなる。


(やっぱり、店員さんに状況聞いてもらってから来た方が良かったかな……)


 ラインを打つ手が固まって、迷い始める。仕事でお店に戻るのなら会っている時間などない、結局は邪魔になる……そうわかっていてもどうしたらいいんだ。


 この、会いたくてたまらない気持ちは。


「ひろちゃん……」

 手元の携帯を見つめていたら、足元に視線が行く。私の足にもうすっかり馴染んだ白のシューズ。ひろちゃんが選んでくれた、可愛いシューズ。

 立ち止まってばかり、なんなら後ずさりして振り向いてばかりだった。顔を上げて前を見て、行きたい場所へ駆けだしたことなんかない。


 でも、今の私は違う。

 もう私は……迷わず一歩を踏み出せるようになったの。あの頃会いたかった未来の私、それは、一歩を踏み出して歩き出せる私。


 後悔しないように、なりたい自分になるの。

 行きたい場所へ、自分の足で行くの。


 そこに――たとえ待っていてくれなくてもいい。私が――会いたくて行くんだ。


 出店ブースのエリアをスタッフらしき人に聞いて専門店のエリアが分かったのでとりあえず会場を走った。ざわつく会場内、まだ興奮が冷めやらない中で私の息も乱れる。普段使わないような体力、すれ違うかもしれない焦り、困らせるかも、迷惑をかけるかも、そんな不安……いろんな感情に振り回される。それでも足が止まらないから。


 汗がにじんで喉が渇く。少し立ち止まって息を整えながらも携帯を見るが既読になっていない。仕事で手が離せないのかな、忙しくしているんだろう。もしかしてもう帰った?店に戻ったのかな、そんなことを考えていたら、ドンッと人にぶつかられた。


「あ、すんませーん!」

「すみませ……」

 携帯を落としそうになって思わず両手で掴み直した。ぶつかられた相手に顔を上げたその時、そのずっと先に――見つけた。


「……ひろちゃん?」

 背が高い人はたくさんいたけれど、もう私にとったら見慣れたその人。真っ白のTシャツに、黒のハーフパンツで黒のレギンス、足元は〇Bのランニングシューズ。


「ひろちゃん!」

 私は思わず叫んでいた。ざわつく会場、距離だってある。聞こえるわけない、でも、叫ばずにはいられなくて。


「ひろちゃぁん!」

 声が震えた。それなのに――振り向いてくれるから。


 涙が滲んだ、でも、走り出したら涙なんか吹き飛んだ。走ったら……もう笑顔しか溢れない。だって目の前には行きたい場所がある。


 会いたい人が……そこにいる。



 *



 いきなり目の前に現れた私に当然ひろちゃんは困惑していた。忙しくて携帯なんか見る暇がなかったと謝られたが謝るのは私の方だ。バタバタしているひろちゃんをブースの傍で見つめて待たせてもらって二人きりになれたのはそれから一時間後の事。


「お待たせ……遅くなってごめん」

「ううん、大変だったね、お疲れ様」

「イベントはさー、楽しいし刺激的だけど、準備とかが大変だよな。つっかれたー」

 長い足を延ばして空を仰ぐように背を反らして体を伸ばしながらぼやくひろちゃんは言葉通り疲労感に包まれているようだ。そんな疲れた状態のところになぜかやってきた私。申し訳ないしかない。


「あの、ごめんね?急に来て」

「それ。どした?なんで?」

「最初は、そのお店の方に行ったんだけど……ひろちゃんは今日はこっちだって教えてもらって」

「……店に?あ、新しいシューズか!」

 二足目を気にしていたひろちゃんならすぐに気づく案件だ。すぐにそう察せられたが、本音は違う。


「それもあるけど。会いたかったから」

「……え」

「靴だけなら……ここまで来たりしないから」

「……」

「ここまで来ない」

「……そりゃ、そうだ」

 そのまま沈黙。ひろちゃんが黙ってしまった。


「マイナス11キロ。目標の10キロ減量達成。私の体重は今56キロです」

「え……あ、うそ。まじか……え、マジ?」

「10キロ瘦せた時にすぐに報告しようと思ったけどさらに1キロ痩せたら誤差じゃないかなって思ってそれまで頑張ったの。結果、マイナス11キロ。ひろちゃんと立てた目標減量マイナス10キロ達成です」

「……おめでとう」

 喜びより驚きが勝っているのか、ひろちゃんの反応はいまいち悪いが疑っている感じではないから良しとする。


「ありがとう。ひろちゃんのおかげだよ?」

「いや……頑張ったのは杏じゃん。すげぇよ。いや、ほんと……まじか、すげぇ」

 すげぇな、とやっと実感してきたのかひろちゃんのその声が少し高揚している。喜んでくれている、心からそれが分かるから私だって思うんだ。


 愛しい、ひろちゃんが。

 胸に込み上がってくるほど感じるこの、愛しさが。


「私、今の自分が好き。前よりもずっと好き、そう思えたのはひろちゃんのおかげ、ひろちゃんが支えていつもそばにいてくれたから頑張れた。本当にありがとう」

 言葉では伝えられないほどの想いがある。この気持ちをどう伝えたらいいだろう、胸がいっぱいで、涙が滲みだす。


「頑張って良かった、未来の自分なんか待っててくれないかもって諦めた時もあったけど、待っていてくれた。なりたい自分が今いるの。行きたい場所に、自分の足で行ける。会いたい人に……会いに行ける。それが今、ちゃんと叶ってる」

「……会いたい人?」

「会いに来たの……ひろちゃんに」

 自分の足で歩いて……走れた。


「ねぇ、私今度はランニングシューズにしようかな」

 もう走れる。


「ひろちゃん、一緒に走ってくれる?」

「杏、待って。会いたいヤツは、他にいただろ?そいつのために頑張って……そのままの杏でいいって言われてっ……」

 ひろちゃんの言葉がそこで切れた。切れたのは……私がひろちゃんに飛びついたからだ。


「私はっ――」

 ひろちゃんの言葉を遮って、その広い肩に腕を伸ばして抱きついた。


「嫌いな自分も、変わった私も好きになってくれる人と一緒にいたいの」

 そんな我儘な私を受け止めてくれる人なんか、一人しかいない。


「ずっと一緒に歩いて……私と」

 これからもずっと。


「ひろちゃんの横で、ずっと歩いて行きたいの」

 行きたい場所へ、未来までずっと。


「ひろちゃんが好き。幼馴染でもきょうだいでもない……もっと特別な人になりたい」

「……」

 声が震えた。抱きしめる腕も無駄に力が入る。緊張や怖さ、不安、いろんな感情が押し寄せてきて言葉にしたら身体も震え出してくる。そんな私の身体をふわっと包み込んでくれる優しい熱に身体が引き寄せられた。


「……もう特別だよ」

 ひろちゃんの甘い声が、耳の鼓膜を震えさせる。


「特別だったよ……杏のそばで歩く様になってずっと……」

 え……そう声にならなくて身を剥がしかけたらぎゅっとさらにきつく抱きしめられた。ひろちゃんの熱い胸の中で抱きしめられて私の胸も熱く高鳴り続ける。


「気づいて気づかない振りしてた。杏の隣にいるのが当たり前で疑ってなかった。でも、杏が好きなヤツのために頑張ってるってわかったときにはもう言えなくて。頑張ってる杏を誰よりも応援してやるって、俺が出来るのはきっとそれだけだから。でも――俺だって……俺が、隣にいれたらって思ってた」

 そんな告白を、こんな熱のこもる胸の中で伝えるのはずるい。体中が、ひろちゃんに抱きしめられて溶けるようだ。それでもその熱に溶かされてしまいたいと思えるほど、この熱は二人じゃないと感じられない。


「……じゃあ……いて?」

 当たり前を、未来にまで届けて?


「ひろちゃんが傍にいてくれたら、私はどこまででも歩けるから……」

 どこまでだって、歩いて行く。そう言った私をひろちゃんはぎゅっと抱きしめて言ってくれた。


「だったら俺は……ずっと隣で杏を支えていく」

 抱きしめられる腕の拘束がゆるりとほどかれて、ひろちゃんの大きな掌が私の丸い頬を撫でて包んでいく。包まれるだけで心地よくて、その手の熱に頬を預ける。すり寄る様に、ひろちゃんの手に身を委ねたらひろちゃんの顔がゆっくりと近づいて、鼻と鼻が触れあうほどの距離。


 私の瞳の中にひろちゃんがいる。ひろちゃんの瞳の中に私がいる。それを脳に焼きつけたくて、瞳を閉じたら唇と唇がソッと触れたんだ。


「んっ……」

 初めてのキス。


「会いに来てくれてありがとう。……好きだよ、杏」

 そう言って、ひろちゃんはもう一度私にキスをしてくれた。



 *



 手を繋いで歩く帰り道。

 ウォーキングとは違う、恋人同士として歩く速度はこんなにゆっくりなんだな、そんなことをじんわりと感じながらも幸せを噛みしめていた。


「ひろちゃんの欲しい、なんちゃらマシーン。あれ、買いに行かなきゃ、ね!」

「あー……」

「なんちゃらマシーン。なんだっけなんかするヤツ」

「……なにひとつ覚えてないな」

「十万するヤツ!」

「あれはもういい、マシーンは自分で買うから」

 ひろちゃんが素っ気なく言うからそれじゃあ話が違うと食いついてしまった。


「そんな……それじゃ何もお礼が出来ないじゃん!」

「お礼なんかいらない」

「でも――もともとはそれが条件でひろちゃんはダイエットにも協力してくれてるんだし欲しいんでしょ?今も」

「欲しいけど」

 それならやっぱり……そう言おうとしたら言われた。


「それよりも欲しいもんもうもらったしいいや」

「え」

「杏の隣。そんでいい」

 そんなセリフ、そんな甘い笑顔浮かべて囁くのどうなの。どうしよう、心臓一撃でやられてしまった。


「それは、お礼にならない……だって」

「だって?なに?」

 直視出来なくて俯いてしまう私にひろちゃんが面白そうにのぞき込んでくるから悔しくて。でも結局は言わされる、言うしかない。



「だってそれは、また私からのお願いになっちゃうから!」

 真っ赤になって言い返した私に、ひろちゃんは今まで見せたことのないような嬉しそうな笑顔で笑うんだ。



 ~END~

 

最後までお付き合いくださりありがとうございます。

本編完結になります、最後に番外編(大翔視点)、今夜21時20分に投稿します。よければお付き合いください。


評価、ポイント、ブクマ励みになります、良ければよろしくお願いいたします。

感想いただけたらとても嬉しです^^


お付き合いありがとうございました!!


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