22、守りたい気持ち
好きは、世の中に溢れている。
ライク、ラブ、家族、好み、羨望、物に対してだって好きという感情は持てる。人は、生きていれば何かしらの好きを傍に置いて暮らしているのだ。だからなにも驚くことはない。それでも……。
(巽さん、今好きな子って言った?好きな子?)
「好きな、子?」
思わず声になったけど巽さんはそれに何も言わない。
「え?」
「言われる理由って何?」
「え?」
「どうして、俺のそばにいることを揶揄われる理由が紺野さんにあるの?」
それをあえて言わせるのか、この状況で。
「み、見た目……でしょうか」
「それだけ?」
「大事な、ことだと」
それだけ、なんて言葉でくくるのはやめてほしい。それだけのことに、私はずっと悩んで生きてきている。目を背けた時間が長いけれど。
「見た目がどうなれば、揶揄われないの?」
「え?」
「俺の気持ちはどうなるの?」
ぎゅっと、手首を掴む手に力がこもる。ずっと、さっきから手を掴まれていたのだと今になって気づく。巽さんは一度も手を離していなかった。
「俺は、俺の横で、甘いものをおいしそうに食べる君が好きなんだよ?目の前のお菓子に愛情をもって、大事に食べる君が可愛くてたまらなかった。俺の感想に寄り添って、幸せそうに食べている君の姿や、発言が可愛くて……好きだと思ったよ。そこに見た目は関係するの?」
「巽さん……」
「それに、紺野さんは笑わなかった、俺のこと」
「笑う……?」
「甘いものが好きで、スイーツまで作るって話した俺を馬鹿にしたり笑うこともしなかった。内緒にしてたのは揶揄われたり笑われたことがあるからだよ。だから誰にも言いたくなんかなかった。それでも紺野さんは何も笑わず、受け止めてくれたよね?嬉しかったよ」
意外は意外だった、でもそれを馬鹿にすることなんかない。それでも巽さんには言いたくないと思うほど嫌な思いをしたことがあるのか、そう思うと人の心の中なんか本当にわからないと思えてくる。
「痩せて、可愛くなったね……」
「……え?」
「すごく可愛くなった、でも別にぽっちゃりしてた紺野さんも好きだったよ?むしろ、ぽっちゃりしてた紺野さんが好きだった」
「……」
「そんなに、大事かな。容姿なんか気にしなくてもいいと思うけど」
どうしてだろう、モヤモヤするんだ。
それは――巽さんだからいえるのではないか、そんな気持ちがよぎってしまう。巽さんがバカにされたことのある気持ち、私にもわかります!は、言えない。傷ついた人の気持ちはその人にしかわからない、それは誰よりも分かるんだ。でもその痛みや傷の深さは人それぞれで、それを同じとは絶対に言えない。
痛みの受け止め方も感じ方も、それはその人にしかわからない。
だから巽さんの傷ついた気持ちを否定なんかしない。嫌な思いをして蓋をした、その気持ちはわかるだけ。だけどそれは巽さんも同じなんだ。
私の――傷ついてきた気持ちや諦めてきた気持ち、きっとわからない。
「……紺野さん?」
「ぁ……」
どうしてだろう、胸が切ない。
(ああ……知らなかった気持ち、気づいて気付かない振りをしていたのかな)
私の瞳からは、涙がぽろぽろと零れ落ちていたんだ。
*
「少し、落ち着いた?」
巽さんの優しい言葉に頭を下げる。
「……すみません、でした。もう平気です」
「うん、よかった……」
ホッとしたように微笑まれて、優しい人なんだなと改めて思う。空気が声が……見つめてくれる瞳が優しくて気持ちの置きように困って居た堪れなくなる。
「困らせましたよね、急に泣いてすみませんでした」
「いや。困らせたのは俺の方だって思うから……俺がごめん」
そんな風に謝られたらよけいに居た堪れない。
「……泣くほど、困らせちゃった?俺の告白」
告白、の言葉にドキリとして体がびくりと反応した。それが答えになったのか巽さんは自嘲気味に笑って髪をクシャクシャと掻き乱す。
「いつからって……もうすぐだったかも。あの塩キャラメルを食べたときには可愛いって思ってたのかもしれない。あの時は自然に二人になって時間を過ごして……胸にずっと引っかかってた。楽しいって気持ち、ずっと胸に残って……お菓子を見つけるたびに紺野さんが浮かぶ。紺野さんならこれをどんな風にコメントして食べるのかな、そんなこと想像したら勝手にニヤけるくらい。それってもう好きだよね。その気持ちを自覚したのが映画館って……すげーダサいんだけどね」
「え……」
巽さんの口から思いもかけぬ単語が出てきて思わず聞き返す。
「……あの人、彼氏?」
「……映画、館?」
そのとき巽さんだって……その言葉は喉に引っかかる。
「あー、うん……そうだよね。俺も、その……うん」
歯切れの悪い巽さんはまた頭をクシャクシャとして言葉を探している。
「なんか今更言い訳みたいで本当にダサいんだけど。あれは別にそんなんじゃないから」
そんなん、の意味がいまいちわからなくて困惑してしまう。休みの日に二人で映画に行くのなんか付き合う以外であるのだろうか。いや、私とひろちゃんも行っていたけど私たちは家族みたいな関係で……その気持ちを反芻させつつ胸がキュッと締め付けられる。
「彼氏……なの?」
「彼氏……では……」
ない。ひろちゃんは、私の彼氏なんかじゃない。そうじゃないけど……。
胸がキュッと、ギュッと傷んで止まらない。私とひろちゃんの関係を言葉にするのが躊躇われた。前なら言えたのに、平気で何も考えずに思いついた言葉を吐けたのに……どうして今はこんなに躊躇われるのだろう。言えない関係とかではない、ただ私が……名前をつけられなくなってしまった。それの意味に……私はどれだけ気づいているんだろう。
「……」
何も言えず黙る私に巽さんが様子を伺いつつ言葉を落とした。
「映画館で並ぶ二人を見た時に、どうしようもない焦りが芽生えて……思わず名前を呼んでしまった。割り込みたい気持ちが湧いてその時にハッキリ自覚して……あぁ、俺は紺野さんの事好きなんだなって気づいたんだよ。本当にダサいんだけどさ」
そんな告白をどうやって信じられるんだろう。嘘でしょ?まさか、そんなワードが頭の中で飛び交っている。それでも驚きの方が強くて何も言えない、言葉になんかとてもじゃないが出来なかった。
「紺野さん」
巽さんの声が、この限られたエリアに響く様で私を包んでいく。
「誤解を、させてると思うからそこは解かせてほしい。俺は、椛田さんとは付き合ってないし、誤解されるような関係じゃない。二人で映画に行ったのは椛田さんに仕事上で少し借りもあって……断れなかった。それくらい軽いノリで出かけた。相手もそうだと思ってたから」
「軽い、ノリって……」
「うん……でもそう思ってたのは俺だけで……やっぱり相手に誤解させて……後日ちゃんとお断りした」
「……え?」
「その時に、知ったんだ……紺野さんの事。断ったことで椛田さんが少し逆上して、君のことをいいように言わなかった。バカにする様な事を言ってきたからどうしても許せなくて……君への気持ちを告げてしまった」
(え)
「だからこれからまた何かあったらって思うと怖いんだ。ちゃんと俺のそばで君を守らせてくれないかな」
巽さんが真剣に伝えてくれる。その真剣さが伝わると胸の鼓動が速まった。嬉しい気持ち、戸惑う気持ち、迷う気持ち……それでも……わからなくて。
「突然こんな話をしてるからすぐに答えなくっていい。でも……考えて欲しい。俺のこと、俺とのこと……いつまででも待つから」
憧れていた。いつしか目で追って、胸の中で育んで大切にしていた。
誰かのために頑張る気持ちを知った。誰かのために、変わりたいと思った。そうやって始めたことがある。それが今の私を変えたキッカケじゃないか。それが今――報われるんだ。そう、思うのに。
――思えたら、いいのに。
私は巽さんになにも返事を出来ないままひとり帰り道を歩いていた。




