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20、嫌いな自分を好きになる方法

 変わりたかった。自分自身が、もっと自分に自信を持ちたかっただけなんだ。


 今の自分が好き――そう言える自分になりたかった。たとえ人に何を言われても。



「情けなかったりだせぇなって思う自分がいてさ、それってなかなかいなくなってくれない。ずっと……何なら大人になるほどひどくなることもある。みんなそうじゃない?それをさ、隠すのがうまくなるだけだよ」

「……ひろ、ちゃん?」

 抱きしめられる腕の中でひろちゃんの声は脳内に響くみたいだ。落ちてくる、頭の上から脳内に、身体の中に染みるように……。


「杏だけじゃない、そんでさ、杏みたいに向き合うヤツばっかでもない。開き直ったり諦めたりしてるヤツのが多いと思うけどな」

「……」

「誰に何言われたん?」

「……職場の……ひと」

「それって杏と関わりのあるひと?仲いいの?」

「……は、初めて喋るひと」

「はぁ?なにそれ。ひでぇやついるじゃん」

 怒った口調だけど笑いながらで……呆れた様な声。


「そんなさ、杏の事なんも知らないヤツの言葉に振り回されんの?」

「……」

「なんで自分の事嫌いになった」

「……言い返せない、自分が情けなくて……受け入れた自分が、悔しくて……」

 変われていないと気づかされて、そんな自分が嫌だったと向き合った。


「悔しいって気持ち大事だよな。悔しさってさバネになる。その気持ちが奮い立たせてくれることある。でもそれだけじゃ甘いんだよなぁ」

「あ、甘い?」

「ひとりじゃさ……行き詰るし萎えるしさ。持続できない、気持ちが。でも――」

 ふわっと抱きしめられていた腕の力が緩むとお互いを包んでいた熱が空気に触れるようで。ひろちゃんと私の体の間にこもった熱が解き放たれる。


「誰かと一緒なら違う。誰かと一緒なら成長が見えて変化に気づける、他人の目を借りれる、じゃなきゃ頑張れるわけない。自分ひとりの世界じゃさ、しんどいだろ?」

「……」

「杏はちゃんと変わってる。それは俺が知ってる、ずっとそばで見てきた、一緒に歩いてきた。だからわかる。そんな杏を知らないやつにわかったこと言わせない。杏はちゃんと未来の自分へ会いに歩けてるんだよ」


 やめて。

 ひろちゃん、やめてよ。そんな優しい言葉を言わないで。


「負けんなよ、杏」

 甘えちゃダメだと、決めたのに。ひろちゃんにはきっと特別な相手がいるから、邪魔しないって。邪魔しちゃダメだって決めたのに。結局ひろちゃんの優しさに甘えて頼る自分がいる。


「ひろちゃぁ……」

「嫌いでもいい――杏が嫌いな自分を……俺は好きになってやる」



 *



 職場でのストレスが軽減されたわけではないけれど、前ほど過敏になることはなくなった。うまく耳を塞げるようになった。気にしてない、は嘘になるけど……気にしないようにしよう、そう思えるのは進歩だ。そして、食事と睡眠が元に戻った私の体はとても調子が良くて、歩く距離と時間を増やして筋力もついた気がする。できなかった腹筋回数が増えたことで自分でわかる体型の変化が嬉しい。


(そりゃさ、いきなり腹筋割れるとかないけどさ?なんかたるみは少し減ったと思うのよね)


 継続は力なり。ダイエットこそ継続なのだと実感している。


 私の体重はどんどん減って……とはいかないものの確実に減量はしていて制服のウエストに明らかな変化が起きるほど。誰にわからなくても自分がわかればそれでいい。その時は自分を褒めてあげるんだ。


 そんな日々が続いてついに到達したんだ。


「や、やったぁ……」

 目標体重までの減量。ひろちゃんと立てた目標値、そこに辿り着く。


「嘘みたい!嘘!やったぁ!」

 脱衣所で下着姿で飛び跳ねて思わず携帯を取りに走ったがハタと立ち止まる。


(いやいや待て。これは誤差範囲かもしれない。明日になったら戻るかもしれないからここはもう少し我慢して……)


 すぐさまひろちゃんに報告したかったが急いては事を仕損じる、慌てるのは禁物だ。確実に動かないと判断してから報告しよう!これだけでもうすごい自分の成長が感じるんだ!すごいぞ、私!


(なんならあと一キロ痩せたらもう確実にクリアじゃない?!)


 そこまで思えるのがもうすごい、私はかなり舞い上がっていた。


 そんなルンルン気分を胸に秘めての職場、体重を量るのが楽しみすぎて早く帰りたい気持ちに駆られている。お腹は減ってはいるけれど低カロリー高たんぱくのメニューにしようとワクワクもする。鶏ハムのサラダにする?それともお豆腐のサラダにしようかな、買っておいた糸こんにゃくをつかって今日はビビン麺みたいにしちゃう?!そんなことを考えていて何度か声を掛けられていたのに気づかなかったようだ。


「紺野さん」

「え!はい!」

 定時になって事務所はひとがまばら。背後から声を掛けられて振り向いたその声の主に心臓が跳ねた。


「……巽さん」

「ごめん、帰る前に。急いでる?」

「え、あ、いえ。大丈夫です」

「ちょっと話したい事があって……少し時間もらえない?」

 業務関係だろうか。若干慌てた様な姿に素直に頷いた。


「こっち」

 そう言われて付いて行くと事務所を出て行くから……あれ?と、思っても巽さんの足は止まらなくて。歩いている間も巽さんは何も言ってはくれなくて。私はただ黙って少し距離を開けて後を付いて行く。それはなんとなく意識的に。誰かが視界に入れても一緒の目的地だと悟られないように、そんな気持ちはあったかもしれない、そしてなんとなく巽さんもそんな意識をしているような気がしたから。


(巽さんは結局……噂をどこまで知ってるんだろう)


 もう今更だし、今その噂が広まっているとも思えない。さほど私なんかのことにみんな興味はなかったのだろう。声を掛けてきた人達があんなの(わたし)とは何の関係もなかったよ、と周囲に言いふらしたのかもしれない。それくらい問題相手ではなかったということだ。

 なんにせよ、巽さんの迷惑にはなりたくなかった。余計な噂やデマで巽さん自身になにか変なイメージもつけて欲しくなかったから。


 それに――。


 ――内緒にして?


 密かなお菓子同盟。私と巽さんを繋いでいたスイーツの甘い時間。あれだけは誰にも悟られてはいけない、それこそ巽さんが頭を下げて頼んできたことだから。


「え」

 そんなことを考えて付いて行っていたからそこに気づくのが今になった。


「時間、大丈夫?」

「あ、はい」

「なんか、久しぶりだよね?」

「え、ええ……そうです、ね」

 うまく話せなかったのは、連れられた場所がいつもお菓子を一緒に食べたあの階段だったから。


「巽さん……あの」

「なかなか時間合わないしチャンスがなくって……紺野さんと食べたいなって物ばっかり増えてく」

 そう言いながらも巽さんの手にはなにもない。ここへお菓子を食べにきたわけではないのだとわかる。巽さんの言いたいことがなんなのかわからなくて首を傾げてしまう私を巽さんがジッと見つめてくるからその目を見返して戸惑った。真っ直ぐ見つめられることに慣れていない。しかも相手はあの巽さんだ、慣れれるわけがない。


「ごめん」

「え?」

 いきなり謝られて戸惑う、巽さんに謝られる心当たりが何もないのだが。


「少し前から……変な噂が立ってたよね?」

 巽さんの口が告げる言葉に息を呑む。それは――あのことを言っているのか。


「……」

 どう返せばいいか迷って言葉にできない私に巽さんがまた頭を下げてくる。


「本当にごめん、俺全然知らなかったんだ……そんな噂が立ってたなんて。それで紺野さんに不快な思いをさせてたんじゃないかって……誰かになにか嫌なこととか言われてない?」

 心配そうに、申し訳なさげにそんな風に聞かれてますます戸惑う。私としてはもう済んだこと、それこそ世間的にも終わったことだ。わざわざ頭を下げて蒸し返す話ではない。


 (むしろ蒸し返さないで……)


 そう思うから私も頭を下げた。


「私こそすみません!巽さんに変なイメージ植えつけたかもで……ごめんなさい」

「待って、紺野さんが謝る意味がわからない」

「いえ、私のせいで巽さんの印象を悪くしたかもしれません、本当にすみません……「待って!」

 巽さんの声に言葉が遮られる。焦ったように、でもなんだか少し怒った風に見える。なにか気に触ることを言ってしまったのか、どれだ?思わず出た言葉ばかりで自分では判断できない。頭の中で発した言葉を思い返していたら巽さんが言った。


「謝らせたいわけでもないし、そんな言葉言わないでほしい」

「……え?」

 そんな言葉、は……どれ?

 首を傾げる私に思いがけない言葉が降ってくるのだ。

 

明日から20時20分〜の投稿になります。

よろしくお願いします!

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