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18、痛みの衝撃

 映画の内容はハッキリ言ってあんまり覚えていない。でもそのあとひろちゃんに無駄に話しかけて変なテンションだったと思う。ひろちゃんはなにも言わなかったけど。


(ピザもポップコーンも……あんまり味覚えてないな)


 スプライトだけがやたら喉を刺激していた。


 ひとりになると思い出してしまう。巽さんと椛田さんのことを。ふたりも映画に来ていたのだろう、見終わったあとだったのか同じ時間からふたりも見たのかそこまではわからない。あのあと愛想みたいに頭を下げてひろちゃんと慌てて劇場内に駆け込んだから。


「はぁ……」

 定時後に着替えを済ませてため息を一緒にロッカーへ閉じ込めた。


 諦めたはずの恋なのに、どうして未だに胸は傷つくんだろう。始まる前から終わったような恋だった。巽さんと私の関係はただのお菓子同盟、それだけだった。私がひとり気持ちを先走って浮かれていたんだ。巽さんの優しさに甘えて調子に乗っていた、それだけだ。それでも今だに胸に引っかかり続けるのはきっと、自分でちゃんと終わらせられていないからかもしれない。


「あの子?」

「うそでしょ?」

「でも……え、絶対そうだよ」

 ひそひそとした声にフト視線を送ったら数人の女性社員が私を疑心暗鬼な表情で見つめている。


「?」

「あの、マーケティング部の紺野さんってあなたのこと?」

「は、はい。そうですが」

「うそぁ、やっぱりそうじゃん」そんな言葉が声を掛けてきた人の背後から飛んできた。なんだろう、本当によくわからなくて首を傾げたら訪ねてきた人がズイッと体を近づけてロッカーにもたれるように腕を組んで冷たい声で言ってきた。


「巽さんとどういう関係?」

「は?」

「ちょこちょこふたりで一緒にいるところを見かけるって噂になってて。まさか彼女とか言う?」

「そ、そんな滅相もないです!」

「違うの?」

「巽さんはただの部署の先輩で……そんな私なんかとそんなっ……」

 必死で言ったら笑われた。


「ぷっ、だよねー。あー、びっくりしたぁ。巽さんとあなたじゃ……ねぇ?」

 その含みのある言葉の続きは予測ができた。


「……」

「まぁいいや。いい機会だし言っとく。同じ部署だからってさ勘違いしないようにね?巽さんはみんなに優しいの、あなただけが特別じゃないのよ。分かってると思うけど、勘違いする方があとあと泣く羽目になるよ?好きになるのは勝手だけどさぁ……ふふ、まずは見た目何とかしたほうがいいね」

 周りの人もそれに便乗するように笑いだす。くすくすじゃない、ケラケラと声を出して笑われた。


「それじゃあ巽さんには好かれないでしょ~」

「……」

 こんな言葉を投げられるのは別に初めての事じゃない。容姿を馬鹿にされて笑われることにだって慣れてたはずだ。そのたび私は顔を下に向けてただ投げつけられる言葉が終わるの待っているだけ。そして結局今もそのスタイルは変わらなかった。


「あなただけが特別じゃない……は、あなたにも言えることかもね?」

 聞きなれない声にハッとした。更衣室扉の前にはいつのまにか椛田さんが立っていた。


「着替え、したいんですけど。いいかな?」

 にこりと微笑む表情がどきりとするほど綺麗だ。その余裕で自信に溢れた笑顔で私を言いくるめて満足そうにしていた人たちの表情が固まっている。慌てて数人が「行こう」と声を掛けてバタバタと更衣室を出て行った。椛田さんとふたり、シンッと静まる部屋の中に閉じ込められる。


(た、助けてくれたの?)


 何も言わずロッカーを開けて着替えを始めた椛田さん。横顔もとても綺麗で見惚れてしまう。白い肌に高い鼻だ。お人形みたいだ。受付嬢の華と言われるだけある。そんなことを呑気に思っていたら声を掛けられた。


「この間の方は……彼氏さん?」

「……え?」

「映画館で会ったでしょ?背の高い優しそうな素敵な彼氏さんですね?」

 にこりと言われて思わず言い返す。


「か、彼氏ではっ……!」

「え?」

「あの人は、そんなんじゃなくって……」

 幼馴染で、家族みたいな人で、ダイエットトレーナーで……あとなんだ、ええっとなんだ、必死で頭の中でひろちゃんのポジションを探そうとしてしまう。


(彼氏なんかじゃない!)


 それもおこがましい話なんだ。ひろちゃんにとってこそ、私は幼馴染で家族で……そう思っていたらふわんといい香りがしてハッとする。すごい至近距離に椛田さんが詰めてきていた。長い髪が私にかかるほど近くで見降ろされた。間近で見る椛田さんはまた破壊的に綺麗だ。同じ生き物と思えないほどに。


「じゃあなんなの?」

「……え?」

 冷たい声だった。


「あなた、巽さんのなんなの?」

「な、なにと、言われましても……」

「ほかの男と映画にも行くのに、巽さんのまわりうろついてるわけ?」

「……」

「厚かましいわね」

「……」

「何様?」

 何様でもない。自分は巽さんとは本当に何もないんだ、そう言いたいのに言葉にならない。綺麗な顔に下げずむように見つめられたら体が震えた。どんな言葉も椛田さんは納得しそうにないと思ったから。


「さっきの子たちに便乗するつもりはないけど……身の程わきまえてね?」

「……」

()()()()()()()……じゃあないの」

「……」

 ニコッと椛田さんが微笑む。綺麗な顔が微笑むと見惚れるはそうでもこの笑顔の真意は見惚れるものではない。心臓がバクッと鳴る様な衝撃が来る。この衝撃は……痛みだ。


「あの人の横に並ぶのは誰が似合うかなんか考えなくてもわかるでしょ?」



 *



 わかっている。調子に乗ったつもりもないし身の程だってわきまえていたつもりだ。それでも直球で言われると違う、自分で言い聞かせるのと人に言われるではまったく響いてくるものが違った。今まで感じていた痛みなんか比じゃなかった。人に言われる言葉はこんなに胸を刺すものなのか。わかっていたのにどうしてだろう、消化させてきたつもりだった。それでもまた胸の奥底から湧いてくるのだ、虚しさが、悔しさが。


 言われた言葉も、諦めた自分もいろんなことが悔しくて切ない。どうしたって自分は変われていないのか、努力してきたつもりだった。でもそれは他人にはわかってもらえないものなのだ。それを実感すると虚しくなる。自分のためだ、そう言い聞かせたって歯がゆくて……。


 気づくと足が勝手にスポーツショップに向いていた。それに気づいてハッとして、足を止めた。


(私……なにひろちゃんのところまで来てるんだろう)


 無意識だった。気づいたらここまで来ていた、本当にそんな感じで逆に驚いた。自分はこんなにも自然とひろちゃんを頼っているのか、それに気づかされる。甘えて頼って、今度はなに?慰めてもらいたいの?


「杏はちゃんと変わってるよ、偉いよ、すごいよ」


 ひろちゃんならきっとそんな優しい言葉をかけてくれるのがわかっている。それを単純に聞きたいだけ、その甘えが縋りがここまで無意識に足を運ばせている。その答えに辿り着いて頬がかぁっと熱くなった。


 ――厚かましいわね。


 椛田さんの言葉がまた脳裏に浮かんだ。本当にそうだ、厚かましい。そう思って踵を返そうとした時だ。店裏からちょうどひろちゃんが出てきたところで思わず自分の姿を隠した。そのあとすぐに細身の可愛い女の子が笑顔で追いかけてきて二人楽しそうに話をしている。距離がとても近くて仲が良さそうで……その女の子がひろちゃんの腕に自分の腕を絡めた。


「……」


 ――巽さんはみんなに優しいの。

 ――あなただけが特別じゃないのよ。

 ――勘違いする方があとあと泣く羽目になるよ?


 どれもこれも言われたセリフ、何度自分の中に落とし込めば理解できるのか。


 ひろちゃんだって同じ。ただ家が隣で幼少期から仲良くしている幼馴染、それだけの関係をどうしてここまで厚かましくなれたんだろう。ひろちゃんにだって生活がある、未来がある――そばにいたい人がいるんだ。誰にだってそうで、誰にも邪魔なんか出来ない。


 特別なんか――当たり前にない。


 いろんなところに刺された言葉の刃が身体中を苦しくさせる、でもどうしてかな。


 今が……一番辛いかもしれない。


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