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17、一緒に食べるキャラメルポップコーン

 結局増えた体重。自業自得だけど現実を突きつけられるとしんどい。やるんじゃなかったは後の祭り、自分で受け止めるしかない。

 それでも多少慣れだしたダイエット生活、そして少しだけ気持ちも変化した。


 吹っ切れたのだ。いろんなことに。


 自分のために頑張る、自分の未来に恥じないように、今を後悔しないように全力で向き合って頑張る。ただその気持ちに向き合ったら自然と暮らし方が変わったんだ。あの日からさらに食生活を見直した。いつかひろちゃんが言っていた言葉。”糖質控えているから”それ、私も言っていいですか?


『え?食ってないの?』

「糖質、控えてるの」

『めっちゃドヤるじゃん』

「でも夜だけね?朝は食べてる」

『糖質取るのも大事だよ?でも、夜控えてるの偉いじゃんか』

 今は夜はサラダとスープだけ。それも海藻系のサラダにしてスープにも野菜を入れたみそ汁に。


「最近はね、本当にお腹空いたとかあんまり思わなくなってきたんだ」

 不思議だった。あんなに食べる時間が多かった私だけれど今では本当に口を動かす時間が減っている。


「寝る前にね、腹筋だってしてるんだよ?」

『マジ?すげぇ』

 ひろちゃんがケラケラと笑って言うがバカにしたような声じゃない。


「ひろちゃん、今度私に会ったらビックリするかもね?」

 調子に乗って大げさに言ってやったら笑われて。


『じゃあ今度会う?』


(え?)


『最近仕事バタバタしてたし杏とウォーキングもしてないしな~って思ってたんだ』

 そう言われて、あぁなんだウォーキングの誘いかと無駄に跳ねた心臓を落ち着かせていたらひろちゃんがケロッという。


『見たい映画あんの。付き合ってよ』

「え」

『今度の日曜、用事ある?』

「な、ないけど」

『じゃ、決まり。時間調べてあとで送るわ』

 ひろちゃんと映画……ありそうでなかったイベントに何だか色々考えてしまう。


(深い意味はないと思うけど。なんだろ?え?本気で?ひろちゃん、わざわざ休みにスポーツ絡みでもないのに?)


 頭の中がいろんな思考で忙しくなる。


『杏、ごめん。電車来た、切る』

 携帯の向こうで駅のアナウンスが聞こえる。今日は他店のヘルプに入っていると言っていたか。通話が切れてもまだひろちゃんの声が耳に残るようだ。聞きなれた声なのに、もうずっと昔から聞いている声なのに。でもどうしてなんだろう、今日はいつもとは違うように耳に響いた。なにも関係は変わっていない、幼馴染で家族みたいで今はダイエットトレーナーで……それでも私の生活の中でもう欠かせない人。それを改めて見つめ直した夜だった。



 *



 季節はいつのまにか冬になってしまった。年々暖かい気候が続いてあまり冬感を感じないけれどもうシャツくらいでは肌寒い。ダウンを着るほどではないけれど上着は羽織らないと風邪を引きそうになってきた。だから今日私は新しく新調したオーバーサイズのキルティングコート。そこまで厚手ではないがオーバーサイズだからゆるっと羽織っているから痩せては見えないはずなのに。


「……ちょっと、痩せた?」

「え、本当?」

 出会って一番、ひろちゃんにそんな言葉を投げられて私の方が驚いてしまった。実際体重は今で七キロ落ちたんだけど。


「み、見てわかるの?」

「わかるよ」

「……そう、なんだ。う、嬉しい」

 正直な気持ちをこぼしたらひろちゃんも黙ってしまった。


「マジで頑張ってんのな」

「……うん」

「腰痛は?どう?」

「あ、最近はね、マシ。整体も通ってるの」

「へぇ?どこの整体行ってんの?」

 そんな他愛もない会話をしながら二人並んで映画館への道を歩いた。いつものウォーキングとは少し違う。二人肩を並べて気持ちゆっくり歩くのはやっぱりデートみたいでちょっと気恥ずかしくて。でもひろちゃんだからそんな緊張はしない。しないはずなのにどこかドキドキするのは……。


(ひろちゃん……今日ジャージじゃないんだよな……)


 背が高くて見上げないといけない。その横顔を下から盗み見して視線を全身に送ってしまう。

 おしゃれなアウトドアブランドの白のパーカーに黒のダウンベスト、黒のジョガーパンツに白のスニーカー。シンプルだけど背格好によく似合っていてカッコいい。ピタッとしてるわけでもないのに鍛えた体が視覚でわかる。前より髪が少し短くなってちょっとだけ若く見えた。


「ん?」

 盗み見がバレてひろちゃんが首を傾げてくる。


「髪の毛、切ったんだね」

 何か言わないとと思って思わず聞いたら短くなった前髪をいじりながら「そう」と微笑む。


「伸びてきてたし邪魔だったんだよなー。めっちゃ楽ー」

「……」

 何か言わないと……そればかり思ってしまう。ひろちゃん相手に会話に困ることなんか今までなかったのに。私の中でかつてない感情が芽生えているのはどうしてか。


 (あれ?なに?なんかドキドキが……)


「杏はちょっと伸びてきた?伸ばしてるの?」

 ひろちゃんの手が伸びてきて、毛先を摘まれた。


「ひゃあ!」

「え」

 驚いたのはひろちゃんだけじゃない。私自身がもっと驚いた。


「ごめん……」

「わ、私こそごめん!」

「「……」」

 変な沈黙がお互いを包んでしまう。その沈黙を破ってくれたのはひろちゃんの”プッ”という吹き出した笑い。


「なに?」

 クスクス笑いながら見つめられて視線が泳いでしまう。


「なんか……変じゃない?俺ら」

 変なのは私。私だけだよね?私が変なの、違うの?


「ひ、ひろちゃんも……変なの?」

「なんか、変に緊張しちゃってる」


 (え?)


「変なの」

 くすりと微笑むひろちゃんの横顔に私も小さく呟く。


「……へ、変なの」


 (変だ、変だよ。だってさ、なんかさ……)


 ドキドキする。


 映画館について先にチケットを購入して、これから公開する映画をチェックしたりシネマストアに足を運んでパンフレットやグッズを見たりしてふたりであれやこれや話していた。基本ひろちゃんと一緒にいて会話に困ることはない。幼少期からの付き合いもある、もう今や体重も食べた物さえ公開した家族以上の関係なのだ。知らないことを探す方が難しい気もする。


「杏、ドリンクなにする?」

「え、どうしようかな」

 ふたりでコンセッション前まで来てメニュー表を見て悩んでしまった。


「久しぶりにスプライト飲もうかな!」

「いいね」

「ひろちゃんはコーラでしょ?」

「コーラだけはやめらんない」

 ひろちゃんはコーラ中毒者。昔から絶対コーラだ。


「コーラゼロにする?」

「コーラだけは普通に飲む、我慢しない」

 つんっと言い張る姿が可愛くて思わず吹き出してしまった。


「好きなもの我慢はよくないよね?どこかで修正したらいいね」

 くすくす笑いながらそう答えたらひろちゃんにジッと見つめられた。笑ったのが気に障ったのかな?そう思って首を傾げてしまう。


「ん?なに?」

「杏は好きなもの……ちゃんと我慢してほんと偉いじゃん。尊敬する」

「そんな……我慢しなきゃいけないほど好きに生きてきた結果じゃん。自業自得」

「それでも偉いよ」

 褒められるのはいつだって何歳になったって嬉しい。認められるのはこんなにも胸が震えるほど嬉しいのか。


「ひろちゃんのお陰だよ……」

 その言葉は自然と落ちた。


「今日はさ、どっかで修正する日にしたらいいじゃん。ご褒美も継続のための大事なメリハリ」

「……え」

「なんか好きなもん食べたら?」

 そう言われて喉元がごくりと鳴ってしまった。コンセッション前の匂いの誘惑がすごいのだ。


「リッチメトルチーズピザは期間限定だって。うまそう」

「それぇ!美味しそうってネットで見たときから思ってたぁ!」

 思わず食いついたら吹き出された。


「一個食ったって大丈夫だよ。それくらいいくらでも調整できるし……食っちゃえ」

「ええ……でもさ、やっぱり王道のポップコーンも捨てがたくてさ」

「それは俺が頼む」

「え?」

「シェアしよ?」

「ねぇ、ひろちゃん。私、シェアって言葉世界で一番好き」

 今度は声を出して笑われた。


「杏、トイレとか大丈夫?」

「あ!」

「いいよ、俺買っとくから。行っといで?」

 気遣いまでできる男・ひろちゃん。絶対モテるはずなんだよ、本当に今も彼女はいないのだろうか。トイレに向かいながらもぼんやりそのことを考えるとなんだか胸がモヤッとしてきた。もし本当に彼女がいたら……このひろちゃんに甘えた暮らしは終わりにしないといけない。それよりも単純に自分がもっと努力をすれば終わらせられるんだ。ロビー端のテーブルに食べ物を置いてドリンクを口にしながら携帯をいじっているひろちゃんが目に留まる。背が高くて嫌でも目立つ。


(やっぱり私服のせい?なんかいつもよりカッコよく見えるのは……)


 胸がやっぱりドキドキするのはどうしてか。


「お待たせ」

 ひろちゃんに近づいてフワッと香る匂いに体がビクリとした。


「杏は絶対キャラメルだろ?」

「……」

 そうだよ、ポップコーンは絶対キャラメル派、昔からそうなの。ひろちゃんはやっぱりそれを覚えてるんだね。でも――。


 キャラメルはだめだ。

 思い出すんだ――巽さんとの思い出を。


「……うん、好き」

「……杏?」

 あの時の味を未だに忘れられずにいる。この香りが……記憶を呼び起こすから。


「ありがとう、ひろちゃん。もう入れるかな?行こ?」

 努めて明るい声を出した。せっかくのひろちゃんとの映画、勝手にひとりで傷ついた思いをほじくり返す必要なはい。そう思ったときだった。


「紺野さん?」

 胸に響くような声だった。劇場アナウンスとちょうどかぶって空耳なのかと。キャラメルの匂いが声まで思い出させたのか、そう思った。


「杏?おい、ポップコーンこぼれてる……」

 ひろちゃんの声にハッとして思わず手元に視線をやる。数個足元に転がったポップコーン……それから顔を上げられない。


「紺野さん……」

 声に顔を上げたらそこには巽さんがいた――椛田さんと一緒に。

 

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