老婆
街のはずれ、樹林を越えた先にある魔術院の店主"ダフネ・エノ"は退屈していた。
仕事がないわけではないが、どれもこれも作業が単調すぎて投げ出す。
(これ、ママはよくやっていたな。本当、この仕事が好きじゃないとやってけないよな)
欠伸ひとつして、もう一度と立ち上がろうとしたとき、ドアベルが鳴り、ローブのフードをかぶる。
これは、お客様から性別、体格、顔などを隠すため。お客様の中には相手が女だとわかると途端に凶暴化する奴もいる。辺鄙な街のはずれの森の中で私を守ってくれる人は私しかいない。自分の身は自分で護らねばならないのだ。
一応、私の力でなら1人2人ぶっ飛ばせるのだが、そうなると8割の確率で死んでしまうため、なるべくそれは避けたい。私のためでもあり、お客様のためでもあるのだ。
またドアベルが鳴り、店のドアが開いた。
穏やかそうな白髪の老婆と、60代くらいの付き人がやってきた。
ダフネはわざわざこんなところまでやってきたお客様を観察した後、声を低くし話しかける。
「ようこそ。どんなご用件でしょうか、お客様。」
老婆はひと呼吸おいた後、言った。
「ヘラという魔女は、ここにいますか。」
ダフネは息を呑んだ。
(まさか、ママの名前を知る人がいるとは。)
「ヘラは土に還りました。」
「では、リオは——リオは、いますか。」
「申し訳ございません。ヘラも、リオも、四年前に一緒に土へ還りました。」
「そう、そうなの。」
老婆は特に驚いた様子はなく、物悲しそうな瞳をし、杖を2回、床に叩いた。
「帰り支度をしてきます。」
そう言って付き人は一礼して、店の外に出ていった。
「私、ヘラに一度でも会っておきたくて来たのだけれどヘラの方がだいぶ早かったみたいね。リオも。そう、もう少し早く来たらよかったわ。お騒がせしました。すぐに、帰るわね。」
老婆は、封筒を受け付けテーブルの上に置く。
「これはその時が来たら開けてみてちょうだい。」
「はい。ご来店、ありがとうございました。」
老婆は杖をつきながら出ていった。
♢♢♢
ママは愚かだ。
パパが三途の川を渡りかけていて、私でももう助からないと判るような時、「まだ可能性はある。」と言い、魔法術を使ってパパを蘇らせようとした。
魔法術を使ったって人を生き返らせることは出来ない。この世界に生命を蘇らせるそんな力はない。なのに、ママは「本で読んだことがある。」と言い、その方法を試したのだ。
その方法は全くのデマカセで、ママもパパも魔力暴走の爆発で死んでしまった。
一瞬で、私の人生において最も大切な存在が、いなくなってしまった。
私は、ママがなぜあんな無茶な行動を取ってしまったのか意味がわからない。
愛の力とでもいうのだろうか、バカバカしい。愛の力とかいうのだったら、そのママの愛の力とやらでパパを三途の川から無理矢理引きずり出してくれたらよかったのに。
結局、ママとパパは2人とも三途の川を渡ってしまったのだ。
♢♢♢
久しぶりにママの名前を聞いたせいか、嫌なことまで思い出す。
それにしても、なぜ老婆はここに来たのだろうか。
ママと話をしに来たと言われればそこまでだが、ママとはどんな関係だったのか、ママがいたらどんな依頼をするつもりだったのだろうか。
(いや、私には関係ない。)
ダフネは頭を左右に振り、そこらに置いてあるものを片付け始めた。