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魔女の娘  作者: 田中 瑞希
第1章
17/17

束の間の

♢♢♢




「ダフネ、ローブが完成したんだけど、着てみない?」


 店のドアベルが2回鳴り、店の奥に繋がる扉を開けながらミオはそう言った。


「着たいけど、今手が離せないの。」


 ダフネは空いている方の片手で鍋を指差す。


 ダフネはこの十日間ずっと鍋に魔力を入れ続けている。


 ミオはこの光景は今までの依頼もあり見慣れているため、特に気にする様子もなく、言った。


「僕が着させてあげようか。」


 半分冗談で、半分本気なのだろう。ミオはいつもと変わらずニコニコ笑顔で言ってきた。


(これ、私が断ると思ってるな。)


 ダフネはミオの思い通りになるのは癪に触るため、ミオの提案にのることにする。ダフネはこれ以上ない作り笑顔でこう言った。


「じゃあ、よろしくお願いできる?」


 ミオは案の定びっくりした様子で軽く目を見開いたが、それは一瞬で元のにこにこ笑顔に戻ってしまった。


「どれがいいかな。デザイン、柄どれも違うのが三つあるんだけど。」


 ミオはダフネが見やすい位置に移動して、三つのローブを順番に見せてくれた。


 一つ目のローブは、シルク生地のシンプルなデザインだが上品さも窺えるものだった。二つ目は、こちらもシルク生地だが袖口やすそなど、細かいところにダフネの花の刺繍が施されていた。


「それ、すごい可愛いわね。刺繍の模様は薔薇のダフネと沈丁花?私の名前このローブ着てたらお客さんにバレちゃわない?」


 ダフネは心配になったことを聞いてみた。


「いや、このくらい大丈夫だと思うけどね。薔薇の種類だって刺繍でわかるのはダフネくらいだと思うし、沈丁花に至っては薬でもよく使うでしょ。」


「それはそうだけど。」


 なんでミオがそんなことまで知っているのか突っ込みたい気持ちは山々だが、最後のお高いローブを見せてもらうことにする。


「最後の一つは?」


 最後の一つはミオが1番入れ込んだ物らしく、満面の笑みで見せてきた。


「これ!実用性もデザインも兼ね備えた、僕の1番お気に入りの物だよ!」


 それは、一般のローブは袖口が大きく開いているのに対し、袖口がキュッと紐で結べるようになっていて、前にはいかにも高級感漂わせる前あわせを止めるための金色の紐が下がっている。そしてさらに、私がどんな物でも一旦ポケットになんでも仕舞ってしまう為、大きめのポケットが胸元と腰あたりの位置に二つずつ、計四つ作られていた。


「ささ、どれ着たい?」


 ミオが着て欲しいランキングは最後に見せた順からだろう。


 ダフネは引き続き、ミオに意地悪することにした。

 にやっと意地悪な顔をしてこたえる。


「1番最初の、形が1番似てるやつでいいよ。」


「はぁい。」


 ダフネが変わり映えのしないものを選んだからなのか、ミオは生意気な返事をする。


「三着合計でいくら?本当に高そうで笑えない金額になりそうなんだけど。」


 ミオは本当にローブを着せてくれるらしく、ダフネの後ろに回り込んで、今来ているダフネの母のローブを脱がせてくれる。


「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。半分僕の自己満なところもあるから安くするし、ダフネの稼ぎはだいたい把握してるよ。」


 ダフネは今の後半の言葉を聞いて恐ろしくなったが、再びスルーを決めた。


「で?いくら。」


 ダフネの鼓動がどくどくと高まる。


 ミオは新しいローブを右腕に通しながら、言った。


「一着一万五千円かな。」


 ミオのなんとも言えないいつもより低い声と一緒に聞こえたその金額が、ダフネの気分をズンと落とす。


「あーーー。」


 三着で四万五千円。払えない金額ではないが、あまり出したくない金額なので気持ちがふさがっていく。


「まぁ、そんくらいかぁ。」


 全然腑に落ちていないが、適当な反応をとりあえず見せておく。


「で、値引く前の値段はいくら?」


 ダフネはミオをジトっとした目で見つめる。


 ミオは、今度はローブの袖を左腕に通しながら、言った。


「二万七千五百円。」


 ミオが萎縮してどんどん体を縮めている。


「あーーー。」


 ダフネは天井を見つめている。


 新しいローブはサイズもぴったりで、肌触りもとても良い。


(一体、どんな高級仕立て屋に依頼をしたのだろうか。)


「まあ、一点ものだし?」


 ミオはもう吹っ切れたのか、ダフネをどうにか丸め込もうと魔女のローブの大切さについて語り始めた。全て、今思いついたことだろう。


 ダフネはミオが語っているのを遮るように言った。


「いいよ。一点ものだし、作ろうって言ったのも私だし、私が普段その金額の買い物をしないってだけで買えない金額でもないし、特に断る理由もないもん。」


 ミオはダフネの言葉を聞いてるうちにどんどん笑顔になる。


「お財布、カウンターの引き出しの、もう一個引き出しの中にあるから取って。」


「わかった。ありがとう。」


 ミオはにこにこ笑顔でカウンターの方に走って行った。




♢♢♢





「お待ちしておりました。」


 店のベルが鳴り、扉が開く。

 サベリアはどこかいつもの悠然とした態度とは違っていて、少し落ち着きがないように見えた。


「こちらです。」


 ダフネはサベリアに出来上がった薬を見せる。


「ずいぶん鮮やかな色だな。」


 サベリアが出された薬をまじまじと見ている。


「ええ。まさか私もこんな色になるとは思いませんでした。」


 寿命を延ばす薬は、作っているときはどうなることかと、もしかしたら失敗なのかと疑ってしまうほどどす黒く、重たい感触だったが、完成間近にどんどん色が変わっていき綺麗なライトブルーになった。重たい感触は変わらなかったが、葛湯くらいの粘り気なので許容範囲内だろう。


「念の為、まずは私が飲ませていただきますね。」


「ああ。よろしく頼む。」


 普段は渡す薬を目の前で毒味なんてしないのだが、相手は王族なのだからと飲むことにした。

 ダフネは三つあるうちの他のとは小さい小瓶を取り、飲んでみせた。


 サベリアはダフネの様子をじっと見ている。



「…どうだ?」


 ダフネが薬を飲んでから一言も話さないので、サベリアが様子を聞いてきた。


「美味しくも不味くもないですね、ですが、今まで味わったことのない味です。体の方は変化なし、魔力の方も落ち着いています。」


「なるほど。」


 サベリアは残りの大きめの瓶の一つを取り、それをまじまじと見つめている。今までライトグリーンの飲食物なんて見たことも聞いたこともないので抵抗してしまうのだろう。


「いつどこで毒味してもいいのですが、もしお身体に何かあった時、おそらく私にしか対処できないのでなるべくここで飲んでください。そして体に浮いているアザを見せてください。呪いが薄まっているのかどうか、それを見るのが1番手っ取り早いでしょう。」


「ああ。」


 サベリアはこう返事をすると、意を決したのか瓶のコルクを開け、腹を捲り、一息で呷った。


 ダフネは急に現れたサベリアの腹筋と呪いによるアザに目が奪われたが、しばらく見ていてもサベリアが動く様子も喋る様子もないので声をかけてみる。


「身体の様子はどうですか。」


「美味しくはないな。」


「ああ、はい。」


 サベリアの身体の変化も思ったより何もなく、もう知っている薬の味について冷静に物申されたので、ダフネの反応も淡白になってしまう。


 すると、サベリアの身体のアザがうっすらと薄く変わっていった。


「薄くなってますね。魔力の変化はどうですか?触っていいですか?」


 ダフネはサベリアのアザをまじまじと観察しながら、カウンターにあったメモ用紙にアザの変化の様子を書いていく。


「魔力の動きに変化はないな。薬に込められた魔力は全身に行き渡って自分の身体と馴染んでいる。触っていいぞ。」


「失礼します。」


 ダフネはサベリアが言った言葉もしっかりと書き込み、サベリアのアザの部分を人差し指の腹で1、2センチほど押し込む。

 くすぐったいのか痛いのか、サベリアは少しビクッと震えたが、無視することにした。


「アザは内臓に影響していないようですね。アザの部分から全身に呪いが回っているかと思っていましたが、アザはただの余命宣告装置みたいです。」


 ダフネは言ってからハッと気づく。思いっきり不謹慎なことを言ってしまった。


「失礼しました。」


 ダフネは小さい声でそう言ったが、サベリアがどこか吹っ切れたように笑い出した。


「今まではその余命は変えられず、時が来るのを待つだけだったが、今ではその余命も変えられるようになった。ありがとう。」


 サベリアは今まで浮かべてきたどの笑顔よりも晴れやかな笑みを見せてくれた。


「いえ、無事に完成させられてよかったです。」


 ダフネもフードの下で笑ってみせた。



 ダフネは依頼人がありがとうと言って笑顔を見せてくれることが1番嬉しかった。

 依頼をお願いしたい。と最初に言ってくる顔は、だいたいやつれていて人としての生命力も覇気も無いが、私の薬のおかげでと感謝を向けるその笑顔は、何にも代え難いものになっていたのだ。


 そして、母の思い残していたであろうこの薬が完成して、どこからか達成感が湧いてくる。


(パパの呪いがこれで解けてたのが1番いいけど、同じ呪いにかかってる王族がママの考えた薬で改善されるのか、)


 ダフネはこのまま気持ちのいい余韻に浸っていたいが、まだやることは残っているんだと気持ちを引き締める。



「念の為、国王に飲ませる時は同行させてください。」


 ダフネはサベリアの様子を伺った。一介の魔女が国王と顔を合わせることはそう易々とできないだろう。だが、最後の最後で国王に何かあった場合、処されるのは絶対に避けたい。国王にもし万が一のことがあったら、お互い死なないようになんとかできることはあるだろう。


「わかった。話を通しておこう。なるべく早く飲ませたい。一週間以内には城に行く準備をしておけ。」


 サベリアはいつもの凛々しくもある硬い表情に戻り、そう言ってくれた。


「わかりました。お待ちしております。」


 ダフネがサベリアに礼をして、サベリアは手の甲についている魔法陣に魔力を込めた。




 その時、その移動魔法陣に魔力干渉された。


 ダフネはその移動魔法陣に干渉する魔力を察知し、その瞬間、魔法陣が展開しないようにする。


 サベリアも魔力干渉に気付いたようだったが、何が起こったのか詳しくはわからないようだ。



 ダフネは干渉した魔力が誰のものかわかるとサーっと顔を青ざめ、周囲一体に自身の魔力を出し、今までにない警戒体制をとった。

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