カレンデュラ公爵家 上
ドアが3回ノックされる。
「どうやら、公爵様がいらしたようです。それでは、私はこれで失礼いたします。」
フランは礼をして、出ていった。
すると、入れ違いにパパそっくりの顔に、深くシワが刻まれた人が出てきた。
思わずパパと呼びたくなってしまうほどだ。
それでも、フランツは赤の色素を持っていなかった。
「ようこそ、カレンデュラ家へ。待たせてしまってすまないね。リオの兄、“フランツ”という。気軽にフランツと呼んでくれ。」
フランツは、闊達に笑って、手を差し出してきた。
ダフネもそれに控えめに笑い、フランツと固く握手をする。
「大丈夫です。よろしくお願いします、フランツさん。」
そうダフネはフランツの名を呼ぶと、フランツは困ったなと苦笑いをする。
「さん、なんてやめてくれ、ダフネ嬢。フランツでいいんだよ。」
そう言われてダフネも苦笑いをする。
人のことを呼び捨てにするなんて、ミオ以外にいなかったため、違和感しかない。
(というか、フランツさんは公爵、私は魔女だけれどもこの国では平民。立場が違いすぎるんだが。)
「おや。今、立場が違うとか思っていただろう。さっきの表情、困ってた時のリオとそっくりだったぞ。」
(さすが公爵というか、私くらいの考えている事はお見通しなのか)
「母にも言われたことがあります。父リオにそっくりだと。」
ダフネはフランツにも母と同じことを言われるとは思っていなくて、内心びっくりしていた。
「そうだ。ダフネ嬢はリオの娘、それは私の娘ということだ。私もダフネと呼ぶから、どうか、私のこともフランツと呼んでくれ。どうしても、というのならお父様でもいいぞ。」
そう言って、フランツは底意地の悪い笑みを見せる。
「わかりました、フランツ。」
ダフネはお父様呼びは絶対にしたくなかったので、食い気味でそう答えた。
すると、フランツはわざとらしくしょんぼりして見せる。
「そうか。お父様と呼んでくれないのか。私も子供が2人いるが娘が生まれなかったもんだから、娘からお父様と呼ばれるのに憧れているんだ。」
ダフネはすっと笑ってしまった。
「ようやく笑ってくれたな。よかった。よかった。」
「さて、私が来るまで待っててもらったのには、少しばかりリオのことで聞きたいことがあってね。もちろん、私が知っているリオのことも話すつもりだよ。」
「はい、ありがとうございます。私が知っているパパの事、教えます。」
ダフネはぴしっと姿勢を正す。
「なに、そんなかしこまるようなことじゃないから、気を詰めないで。」
フランツは、ふっと息を吐いた。
「リオは、死ぬその時まで、どんな様子で生活していたのか、聞きたかっただけなんだ。ま、まずは私から話そう。」
「リオはあまりしゃべらなくて、表情が硬くて。私からみて毎日つまらなそうだった。将来は、公爵家次男として私の補助をするか、剣の才に恵まれていたから、王室騎士団に入り、国に命を捧げるかのほぼ二択だった。そんな私から見てもつまらない人生だと思ったリオには、唯一の楽しみがあって、週に2回は街に出ることだったんだ。リオの街へ出かける回数が増えたなと感じてた時、リオが、母と私に話があると呼び出したんだ。この街の郊外に住みついている魔女と、一生を共にすると言ってきた。衝撃だったよ。自らの意思を言ってきたのは多分これが初めてだったし、今はもう違うけど、昔は魔女についてひどい噂しかなかったから、そんな噂を鵜呑みにして、魔女に悪どい事をされて無理やりリオの心を奪われたのかと思ったほどだ。」
なぜか、フランツがすまなそうにしている。
魔女の私に向かって魔女の悪い噂のことを言っているから、居心地が悪くなったのだろう。
「気にすることはありませんよ。」
ダフネは軽く微笑んだ。
「母はもちろん反対だった。相手が魔女だったというのもあったけど、跡継ぎが私だけになり、縁談の話も何家からか申し込みがきていたんだ。その頃はまだ一夫多妻とかも認められていたしね。私は別にリオのことはどっちでもよかったよ。貴族、しかも公爵家の仮にも次男という立場があるとはいえ、やはり人間なのだから、自由にしてやるべきじゃないのか。と、家はどうせ私が継ぐんだから。と、その時、やっと兄らしい事が出来ると思って、母を説得したんだ。その方が格好がつくと思ったしね。まあ、そういうようなことをずっと言っていたら、母は反対はしないようになった。あと、リオは、母に話をする前に母に反対されると分かっていて、魔女の悪い噂を払拭しようとしていたことを、母も耳にしたんだろう。母も領主としての立場があったけど、母として応援してやりたい気持ちの方が強かったんだろうね。それで公爵家、もとい母は、リオのことを失踪したと言って、魔女のことを黙認する形にしたんだ。リオは家を出てから1回も手紙を寄越してくれなかった。まぁ、私たちもリオの家はどこにあるのか分からなかったんだが。」
「完全に私の憶測だけども、リオは奥さんとの関係が正式に認められないことが心残りだったんだろうし、私の母、フェリスも関係を正式に認めてやれなかったことが心残りだったんだろう。」
「そうですか…」
ダフネは子供の頃、母の話は聞かされていても父の話は所々避けているようなところがあったので、今、パパの話を全て聞けたような気がして腑に落ちた。
ダフネはまだ感傷に浸りたかったが、私が話す番だと思い、気持ちを切り替える。
「次は私ですね。」
「パパはいつも笑顔でニコニコしてました。剣の素振りをしていた時は真剣な顔でしたけど。あと、パパがパパの家族の話をしてくれた時、毎回、フランツには感謝している。と言っていました。フェリス様にも大変迷惑をかけた。とも。パパは、周りの反対を押し切ってまで、ママと一緒に暮らすことにして正解だったと。」
「そうか。そうか。その言葉を実際に聞けたら良かったんだが、当時、母を説得して良かったと思えるよ。全く、何も連絡がないから、無駄に心配して損したな。私より幸せに暮らしてたんじゃないのか?」
そう言いながらも、フランツはすっごい喜んでいる顔を浮かべている。
「この屋敷で暮らした方が、圧倒的に幸せでしょう。」
ダフネはそう言うとフランツは吹き出した。
「はは!そうかそうだよな。この屋敷の方が断然快適だ。よし、ダフネ、今からでもここに住むか?」
ダフネはぎょっとする。
「お断りします。今の暮らしでも充分すぎるほどです。私には魔術院もありますし。」
フランツは高揚に笑った。
「はっはっは。やはりリオの娘だけあって、頭が固いなぁ。魔術院を公爵家の中の敷地に移せばよかろう。」
「そんなことしなくて結構です。あと、自分の意思を曲げないと言ってください。」
フランツはいまだに笑いが収まらないでいる。
「ダフネ。他は、リオのことで聞きたい事はないか。」
「はい。フランツが話してくださったことで十分です。でも…」
「なんだ。言ってみなさい。」
フランツはダフネに優しく微笑んだ。
まだ話せていないことがある。それは、パパが死ぬことになった要因だ。正直言ってパパの家族、フランツには話しずらい。話すと言った以上、話すしかないのだが…




