新天地④
魂が揺れている。
自分は何者で、一体誰なのだろう?
私は生まれ変わった。
物理的にも、精神的にも。
残虐非道な女王アリエルではなく、すべてから解放された一人の少女……リベルへと。
これが、新たな私になってから迎える、初めての朝だ。
「なんて……我ながらロマンを求めすぎね」
結論、ほとんど眠れなかった。
ベッドはふかふかで、レントが誰も入れないように鍵をかけ、外からも開けられないように細工してくれたから、誰かが来る心配もない。
野宿と違って、魔物に襲われる心配もないから安全。
今夜はゆっくり眠れるぞ、と思ったのに……。
「なんだか目が冴えちゃって……なんでなのよ」
自分でもよくわからない。
緊張している?
今さら何を緊張することがあるのだろうか。
それとも……。
トントントン。
「誰?」
「俺だ。レントだ」
「ああ、入っていいわよ」
「失礼するよ」
彼だけは、この部屋の鍵を持っているから自由に入れる。
ノックをしてくれたのは、私を不安にさせないためなのだろう。
小さな気遣いに感謝する。
扉が開き、昨日と変わらない姿のレントが現れた。
「おはよう、リベル」
「ええ、おはよう」
「よく眠れたか?」
「まぁ、ほどほどにね」
本当はあまり眠れなかったけど、彼に無駄な心配をかけるのは申し訳ない。
軽く嘘を交えてみる。
そんな私をじとっと見つめて。
「眠れなかったのか?」
「……わかるの?」
「魂が揺らいでいるよ。嘘をついた時の感じだ」
「なるほどね」
彼の瞳は見えないものが見えている。
魂の揺らぎで嘘を見抜けるなんて、ハッキリ言ってチートだ。
そういうのって普通、転生者である私にこそ与えられるべきものじゃないの?
やっぱりこの世界の女神は意地悪だ。
というか、ただイケメンが好きなだけなんじゃないのか?
「眠れなかった理由は? ベッドが合わなかったか?」
「そんなことはないわよ」
「だったら?」
「うーん、わからないわ」
自分でもよくわからない。
なぜ眠れなかったのか。
ここ最近、ほぼ野宿でまともに寝る時間はなかった。
疲れも溜まっていたし、眠れる理由しかない。
「元から睡眠は短かったのよ。忙しかったし」
「女王だからだろ」
「そうよ。おかげで一日三時間睡眠が普通だったわ」
「俺より酷いな……」
そういう環境で育ったから、眠りが浅くなったのだろうか?
なんだかそれとは違う気がする。
それに……。
「疲れは取れているのよ。不思議なくらい、身体が軽いわ」
「そうなのか?」
「ええ」
私は自分の手を開いて見つめる。
枯渇していた魔力が戻っている。
一晩休んだことで、戦いで消費した魔力が回復したらしい。
「魔女の身体になったから、この程度の睡眠でも回復するようになったのかもね」
「魔女……か」
「信じられない?」
「信じるさ。確かに今のお前からは、普通じゃない力を感じるからね」
彼の眼は、私の身体に宿る魔力すら見えるのだろうか。
本当にチートだ。
「その魔女のことなんだが、念のために言うけど、無暗に話さないほうがいいぞ」
「わかっているわよ」
「ならいい」
魔女は畏敬の対象だ。
この世界には魔物もいるし、女神の奇跡や精霊の力を操る術もある。
けれど、人の身で魔法を使うことはできない。
それができるのは、魔女や魔人と呼ばれる存在だけだ。
女神を信仰する人々が多い中、魔物と同じ魔力を持つ人間は、信仰を脅かす者として忌み嫌われている。
「人前で魔法は使わないし、そもそもまだうまく扱えないわ」
「それは逆に怖いな。扱えるようにする訓練はしたほうがいいんじゃないか」
「……めんどくさいわね」
「だらけるなよ。というか、いつまでベッドにいるんだ」
実はさっきから、レントがきてもベッドで寝転がったままである。
いい加減に突っ込まれてしまった。
「疲れはとれてるんだろ?」
「とれてないかも」
「嘘をつくな」
「バレるかー」
レントの前で嘘は通じない。
私はしぶしぶ起き上がり、背伸びをする。
すると、私のベッドの横に彼は服を置いた。
「これは?」
「お前がこれから着る服だよ。この国の王城で働く人間の制服だ」
「私にここで働けと?」
「表面上はな? お前にはこれから、俺の側役」
「側役って……」
要するに彼を隣で支える秘書みたいな役割の人だ。
私がレントの秘書?
王子の側役……。
「めんどうね」
「そう言うなよ。これでも苦労したんだぞ。一晩でお前の身分証作って、どうにか宮廷にねじ込めないかなと思ってな」
「別にわざわざそんなことしなくても。私は衣食住があればどこでもいいのよ」
王城で暮らしたい、なんて欲はこれっぽっちもない。
贅沢もいらない。
最低限の生活、後はのんびり自由に過ごせたらそれでいいと考えていた。
「どこでもはよくないだろ? お前、自分が追われる身ってことわかってる?」
「わかってるけど、わざわざ探しに来るかしら」
「相手次第かな? でも、秘密を知る人間を野放しにするのが危険ということくらい、誰だってわかるだろう?」
「……それもそうね」
身の安全を守るためにも、住む場所や肩書は重要かもしれない。
私は魔女になった。
ただ、私に呪いをかけたのもまた魔女だ。
私の居場所くらい、簡単に見つけられてしまうかも……。
そうなったらあの牢獄に逆戻りか、最悪その場で殺されるか。
さすがに困るわね。
「ということで。これからはサポート頼むぞ? リベル」
「……楽しそうね」
「ちょっとな。そういうお前は、面倒くさいって顔してるな」
「よくわかっているじゃない」
心の底から面倒だ。
せっかく女王の重圧から解放されたのに……。