新天地③
アルザード王国は現在、三つの地域に分かれている。
一つ。
移民たちが独自の生活拠点を築き、政府の干渉を拒絶し続けている。
王都の北に位置する国内に広がる異国。
異界領土。
二つ。
受け入れられた移民たちを排除するために立ち上がり、古きアルザード王国の風習を守らんとする国民の集まり。
王都の南方に位置するもう一つの政府が治める第二の王都。
古郡領土。
そして今、私たちがいる国の中心。
移民も現地人も、等しく平等に扱い、新たなアルザード王国の在り方を目指す者たち。
王族と、それに従う貴族や、支持する国民たちが残った地。
現王領土。
一つの国でありながら、従う王は異なっている。
これこそがアルザード王国が抱える最大の問題にして、国を崩壊させかねない大爆弾。
「どうしてここまで放置したのか疑問だわ」
「それはまぁ……甘かったんだろうな」
「別にあなたを責めているわけじゃないから」
「いいや、俺にも責任がある。この国の王子だからな」
原因を探すなら、おそらくは先々代の国王が優しすぎた。
こうなるまで問題を放置した。
否、上手く対応できなかったのだろう。
その結果、移民は自分たちの領域を獲得し、それに怒った一部の国民と権力者が旗を揚げ、移民を追い出すことで自分たちの領土を守った。
もちろん、国王の思想に賛同し、よき王国を作りたいと考えた国民もいる。
そうでなければ、この城や王族たちはとっくに力を失っていただろう。
思想、描く未来が分かれてしまっているのが原因だ。
こんな状態を、すでに二十年以上続けている。
「なんとかしたいと思っているんだ。俺だけじゃない。兄上もな」
「……国王陛下は違うのね」
「知っているだろう? お前も、現国王……俺の父がどこにいるのか」
「……ええ」
現国王、グラベル・アルザードは現在、古郡領土。
視察や説得のため?
否、彼こそが、古郡領土の統治者にして、移民を排除したい人々のトップなのだ。
「父上は……あの人は、昔のアルザードが好きだったんだ。だから、こんな風になってしまったのは移民のせいだと考えている」
「間違いじゃないわ」
「ああ、だから俺も、兄上も完全に止められなかったんだろうな」
現在、この国を実質的に統治しているのは国王ではなく、彼の兄だ。
国王は国を捨てたわけではないから、王座は変わらない。
しかし内政や外交のほとんどは、第一王子のジベルト殿下が担っている。
レントはそのサポートをしているわけだ。
「このままじゃダメだ。いずれこの国は、完全に分断されてしまう。そんな気がするんだよ」
「それも天啓?」
「いいや、俺の直感だ」
「そう」
彼は不安なのだろう。
この国の行く末が、どうなるのかわからない。
女神の天啓ですら教えられない。
王子として、国を導く者として、何をすべきなのか迷っている。
その気持ちは私にもわかる。
この道は正しいのか。
明るい未来に続いているのだろうか。
そんなことばかりを考えてしまうのは、上に立つ者の宿命だ。
「大変よね。国を導くのは」
「お前はよく知っているだろうな。たぶん、俺よりも」
「どうかしらね」
「謙遜しないでくれ」
「謙遜じゃなくて、私自身そこまで自分のやり方が正しかったと思っていないだけよ」
結果的に上手く行っていただけだ。
私は女王を演じているだけで、中身はただの一般人に過ぎない。
レントのように特別な才能があるわけじゃなかった。
しいていえば、前世の知識が有効活用できていただけで、いつだってギリギリだった。
「重荷がとれて、今は清々しい気分よ」
「ははっ、それは羨ましいな」
「レントも逃げてみる?」
「それは無理だ。俺がいなくなると、今度は兄上一人に背負わせることになるからな。そんなことはさせたくない」
「真面目ね」
「アリエルだって、陥れられなければ、今でも女王として働いていただろ?」
「……そうかもね」
期待に応えるために。
私はいつまでも、女王の仮面をかぶっていただろう。
レントの意見は正しい。
「だけどもう、私は女王じゃないわ」
「そうだな」
「アリエルでもない」
「俺の中では、お前はまだアリエルなんだけど?」
「それはレントだけよ」
見た目も、声も違っている。
たとえ今、ユーラスティアの国民の前で演説しても、誰も耳を傾けないだろう。
「そうだ。明日からお前の居場所を作る。そのためにも、名前は改めないとな」
「あー、そうだったわね」
「希望はある?」
「適当でいいわよ」
「やる気ないな」
難しい話が終わった空気を感じて、私は伸ばしていた背筋をだらけさせ、そのままベッドに倒れ込んだ。
仰向けになると、見慣れない天井が映る。
ここが私の、新しい居場所になるのだろうか。
「名前なんてなんでもいいわよ」
「よくはないと思うが……じゃあ俺が決めてもいいか?」
「いいわよ。変な名前にはしないでよね」
「テキトーでいいんじゃなかったのか?」
「適当とテキトーは別物よ」
やれやれとため息をこぼす彼に、少しだけ視線を向けた。
何でもいいと言いながら、ちょっと興味がある。
私の新しい名前を、彼がなんとするか。
「そうだな……よし、リベルだ」
「リベル? なんかちょっと男っぽくないかしら」
「そうか? そうでもないと思うけど」
「ちなみに理由は?」
「この国の古い言葉で、自由――囚われからの解放を意味する」
その名を聞いて、心に風が吹く。
私は両手を広げ、大の字で寝そべりながら、満足気に言う。
「ピッタリじゃない」
「だろ?」
こうして私は女王アリエルから、ただのリベルへと生まれ変わった。