新天地②
アルザード王国。
建国から三百と五十年を誇る長寿国家の一角であり、国土は私が治めていたユーラスティア王国と肩を並べるほどだ。
人口も多く、技術的な面でも発展している。
そこだけ聞けばとても素晴らしい国家なのだが、現実はもっと複雑だった。
「この部屋を使ってくれ」
「いいの?」
「ああ、どうせ使っていない部屋だ。余らせておくのは勿体ないだろう」
「じゃあ遠慮なく使わせてもらうわ」
私はレントの案内で王城にやってきた。
到着した時間は遅く、日付が変わる少し前だったこともあり、城内はとても静かだ。
それでも一定の警備はあるが、そこは現王子。
警備が薄い場所を狙って侵入し、見事誰にも見つかることなく、王城の一室へと入ることができた。
「まるで泥棒の手口みたいだったわね」
「酷いこと言うなよ」
レントはため息をこぼす。
「さすがにこの時間だからな。身元もハッキリしない人間を、王城内に招き入れるのはリスクが高い」
「わかっているわよ。大人しくしているわ」
「そうしてもらえると助かるよ」
私も女王だった身だ。
レントが悩んでいる内容も手に取るように理解できる。
特にアルザード王国の事情を考慮すると、今、部外者を王城内に入れるのは危険だろう。
「任せていいの?」
「ああ、こっちで何とかするよ。衣食住と安全は保障する。そういう約束だからな」
「じゃあ任せるわ。それが終わるまで……」
私は目の前にあったベッドに倒れ込む。
久しぶりのふかふかベッドだ。
このまま睡魔に負けてしまいそうになる。
「ちょっとは緊張感を持ってくれないか? もしバレたら、お前はこの国にもいられなくなるぞ」
「その時はその時よ」
「楽観的だなぁ。ユーラスティアの女王は狡猾で計算高く、付け入る隙も見せない完璧超人、なんて呼ばれていたはずだが?」
「それは仮面よ。つい最近、壊れたばかりのね」
残虐非道の女王は、もうこの世にはいない。
魔女の呪いを受けた時点で、アリエルという人間はこの世から消えた。
言い方を変えれば、死んでしまったのだ。
多少の後ろめたさはある。
曲がりなりにも女王として国を治め、国民を導いてきたのだ。
まだまだ、やらなければならないことはあった。
その全てを投げ出してしまったことは、後悔の一つではある。
でも……。
「まっ、あとは自分たちでやってくれるでしょ」
こうなったのもすべて、あの魔女とお姉様の責任だ。
ついでにランド公爵も。
この先、あの国がどうなるのかは、彼女たちの手腕にかかっている。
「お手並み拝見ね」
「ずるい顔をしているぞ」
「そう? ところで、いつまでここにいるつもり?」
「ん?」
「まさか……一緒に寝る気?」
「違うよ。まったく調子が狂うな」
彼はため息をこぼして、近くにあった椅子を引いて座った。
何やら話がしたそうな空気を感じて、面倒だけど私もベッドの端に腰かける。
「何?」
「少しだけ話がしたくてね。この国のこと、どこまで知っている?」
「世に出回っている情報程度よ」
女王として隣国の事情は知らなければならない。
ただし、すべてを知るには複雑すぎる。
私が知っていることを話すより、彼の口から説明してもらったほうが、知識の解像度も上がるだろう。
しばらく待つと、彼は口を動かし始める。
「ちょうど五十年前か。世界中の国々を巻き込む戦争が起こった。当然、アルザード王国も参加したわけだが」
「ユーラスティア王国もね」
「ああ。どちらの国も、勝利し生き残った。あの戦いで十を越える国が消滅し、そのほとんどは取り込まれた」
彼が語った五十年前の戦争、いうなれば世界大戦は過激だった。
始まりは小国同士の衝突。
国ごとに風習や考え方が異なり、中には種族の違いから、相容れない者たちもいた。
そうした拒絶と蟠りをきっかけにして、火種は世界中に広まった。
まさに地獄絵図。
持てる武力、知力の全てを動員し、国の存続をかけて戦った。
結果、五十七あった国家は四十三カ国にまで減少。
うち半数以上は敗戦国となり、国土や国民、資源の多くを失ったが現存している。
ユーラスティア王国は戦勝国として名をあげ、国土を手に入れて世界トップクラスの大国へと成長した。
アルザード王国も戦勝国の一つだ。
国土はあまり増えなかったが、代わりに彼らは……敗戦国の移民を積極的に受け入れた。
「あれが間違いだった……とは言いたくない。だが結果論として、移民を受け入れたことで国の状況は悪い方向に進んでしまった」
「生活習慣や考え方の違いね」
「ああ。生まれた場所、育った環境、果てには種族が違う。同じ地で、同じ目線で生きることは難しい。現地人と移民の衝突は、考えれば普通のことだ」
国の政策は、みんなで手を取り合って頑張りましょう。
みたいな可愛い方針だった。
それ自体が悪いわけじゃない。
けれど、移民の多くが、元の国や種族の仲間たちだけでコミュニティーを作り、国の考え方に疑問を抱いた。
自分たちには、自分たちの習慣や風習がある。
それを崩すつもりはないし、合わせるつもりもないという。
「自分勝手よね」
「俺もそう思うけど、彼らの主張もわからなくはない。俺たちは別に、彼らを奴隷のように扱いたくて受け入れたわけじゃないからな」
「だからって、住む場所を提供されたのに、その場所のルールに従わないなんて勝手じゃない?」
「……そうだな」
少しだけ腹が立つ。
きっと、彼の祖父……当時の国王は優しすぎたのだろう。
いいや、甘かったのだ。
善意から敗戦国の人々を受け入れ、現地の国民と同等の権利を与えてしまった。
それに気を大きくした者たちは、さらなる権利と自由を主張する。
「本当に……」
みんな、自分勝手がすぎるわね。