新天地①
ここから先が新エピソードです!
第十七代国王、アリエル・ユーラスティアは失踪した。
その知らせは国中へ、あっという間に広まった。
「女王陛下が失踪? 本当なのか?」
「事実らしい。衛兵が話しているのを聞いた。ほら、最近やけに騎士が街の中をウロウロしているだろ?」
「確かに……怪しい人物はいなかったとか、前にいろいろ聞かれた」
「お前もか。あれ、女王陛下を捜索してるんだよ」
政府側から正式な発表はされていない。
だが、人の耳は早く広い。
誰かが話しているのを聞き、それが広まり、真実へとたどり着いてしまった。
もはや隠すことはできない。
「大丈夫なのか? 女王陛下がいなくなって……」
「大丈夫なわけあるか。陛下のおかげで、この国は平和を維持していたんだぞ」
「早く見つかるといいな」
「ああ。無事であることを祈るしかない」
多くの人々にとって、女王アリエルは畏怖の対象であると同時に、尊敬されていた。
時に過激で、血も涙もない残虐な女王と言われるが、彼女が行った政策のおかげで平和を手に入れた人々も多くいる。
強者に搾取され、貧困に悩む民を救った。
弱者であれば何をしても許される、というわけでもない。
強者であろうと、弱者であろうと、等しく平等に罰を与え、報酬を与える。
正しく努力し、成果を上げた者が優遇されるように、報われるように。
強引なやり方に反発して、武器を手にした者もいた。
武器を手にしたなら、相応の覚悟がいる。
相手に剣を向け、傷つけることを示すのだ。
殺すなら、殺される覚悟を持たなければならない。
それを教えるように、女王の命令で騎士は戦い、血が流れた。
それを見た人々は恐怖する。
と同時に、女王アリエルの生き様を、考え方をわずかに理解し始めていた。
彼女はただ恐ろしいのではない。
その恐ろしさを以てこの国に暮らす人々を守っているのだと。
故に国民の大半は、女王アリエルを称え、求めている。
「そういえば、女王が不在の間はどうなるんだ?」
「姉のシエリス様が代行されるそうだ」
「シエリス様か……」
「気持ちはわかるが声には出すなよ。聞かれたら大変だ」
「わかってるって」
男はため息をこぼす。
アリエルとは対照的に、シエリスはあまり信頼されていない。
特に人口のほとんどを占める平民からの支持は低かった。
当然のことだ。
彼女はあからさまに、権力者を優遇している。
強きを優遇し、弱者を虐げる。
まさに貴族らしく、権力者らしい振る舞いをしていた。
「本当に……早く戻ってきてほしいな」
「ああ。どこにいらっしゃるのか」
皆、女王の帰還を求めていた。
しかし、本人はというと……。
◇◇◇
「風が気持ちいいわね」
「そうか? 怖くない?」
「全然! これくらいなら平気よ」
「だったらもう少し速くするぞ」
「わっ!」
私は今、空を飛んでいる。
正確には飛び跳ねているだけで、飛行しているわけじゃない。
そもそも私じゃない。
私は彼に抱きかかえられ、まるでお姫様のように運ばれているだけだ。
「ホントに平気か?」
「……」
「アリエル?」
「……はぁ、歩かなくていいなんて最高ね」
「おい……」
しみじみと思い呟いた私に、レントは呆れた表情を見せる。
「これから移動は、全部あなたに任せていい?」
「いいわけないだろ。俺を何だと思っているんだ?」
「タクシー?」
「なんだそれ」
あ、この世界にはタクシーなんて存在しなかった。
私は転生者であることは、余計な混乱を避けるため、誰にも話していない。
幼馴染だった彼も知らない。
魔物に襲われピンチだったけど、彼のおかげで救われた。
安全が確保されたから、気が抜けてしまったのだろう。
「お金を払ったらどこでも連れていってくれる乗り物のことよ」
「長距離馬車のことか」
「あれは行き先が固定でしょ。行きたいところを指定して、その距離に応じたお金を払うの」
「そういうのがユーラスティアにあるのか。初耳だな」
隣国にはそんなものない。
馬車を動かすのは馬だ。
車のように、ガソリンを入れたらあとはアクセルを踏んでハンドルを回すだけ、というわけじゃない。
馬を操る御者も体力がいる。
基本的には決められたコースを、一定の休憩を挟んで往復するのが常識だ。
だから自分で行きたい場所がある時は、完全に徒歩か、途中で馬車を降りて歩く。
もしくはお金があるなら、馬車を借りて自分で操縦もする。
私は女王だったから、基本的な移動は任せていた。
これからは自分で歩かないといけない。
そう考えると憂鬱だ。
「はぁ……」
「急にため息をつくなよ」
「これからのことを考えたら憂鬱なのよ」
「そんなに嫌か? 俺と一緒に来るのは」
「そうじゃなくて……女王じゃなくなったし、身の回りのこととか色々、全部自分でやらなきゃいけないと思うとね……面倒じゃない」
「……お前って、そんな感じだったか?」
レントは呆れた顔で私に尋ねた。
「そんな感じって?」
「気が抜けているというか……ものぐさというか」
要するに、だらしないと言いたいのだろうか。
確かに幼いころの彼の前でも、基本的には王族の一員として接していた。
常に護衛の眼もあったし、一度も素を見せられなかった。
それでも彼との時間は楽しくて、あの時だけは、ただの子供でいられた気がする。
今となってはいい思い出だ。
「私は元々こうなのよ。王族で、女王だったから気が抜けなかっただけ。もう女王じゃないし、変に気張る必要はないでしょ?」
「ははっ、確かにな。驚いたけど、そっちのほうが君らしいと思う」
「私らしい?」
「うん。魂が輝いている」
彼の瞳は、女神の加護で他人の魂が見える。
一体、彼には私の魂がどんな風に見えているのだろうか?
ちょっと気になるけど、見たところで何もできないし、考えるのも面倒だ。
「さぁ、もう見えてきた」
「――!」
何度も訪れたことはある。
けれど、この角度から見たのは初めてだ。
「ようこそ、俺の国、俺の都へ!」