プロローグ④
「……ですよねぇ……」
私は牢獄にぶち込まれてしまった。
当然だろう。
犯人から動機まで、何もかも知っている私を放置はできない。
処刑されなかったのは、お姉様の優しさかもしれない。
「はぁ……」
せっかく自由になれたと思ったら、獄中生活か。
このまま一生を終える?
冗談じゃない。
かといって魔法……呪いだっけ?
そのせいで姿は別人、しかも非力な少女に変えられた今、自力でここを抜け出すことなんて……。
「なんで私がこんな目に……」
ここに来てようやく、苛立ちと怒りが芽生えた。
その時だった。
私の身体の中に、今までなかった力を感じる。
「これは……」
力は巡っている。
それが何なのか理解するのに、理屈はいらなかった。
私の脳裏に、使い方が流れ込む。
「いけるわね」
私は牢獄の壁に手を触れる。
イメージするのは熱だ。
音を出して破壊するとバレてしまう。
熱で溶かそう。
高熱を、牢獄の壁を溶かすだけの熱をイメージする。
身体の中を巡っていた力が、手のひらに集まる。
熱が伝わる。
高熱は形となり、壁を溶かした。
「できた!」
間違いない。
私の身体に流れ始めたのは魔力だ。
魔女にしか使えない魔法が、私にも使えるようになった。
呪いを受けた影響?
理屈はわからないけど、この力を使えば脱出できる。
「やってやるわよ」
どうせここにいても寂しく死ぬだけだ。
居場所がないなら、国の外に出よう。
私はもう、女王じゃない。
アリエルという名も、今日を境に呼ばれなくなる。
それでいい。
私は、自由になりたかった。
◇◇◇
「逃げ出したですって?」
「も、申し訳ありません……」
アリエルに代わり、姉のシエリスが女王代行となった。
正式な就任はまだである。
現在、騎士たちを使って女王の捜索に当たっている……ということになっている。
見つかるはずもなかった。
女王アリエルは、もういないのだから。
「どうやって逃げたの?」
「それが、壁に穴が……」
「穴?」
シエリスはため息をこぼす。
傍らには補佐役となった魔女セミラミスがいた。
「どう思う?」
「問題ありません。あれは継続しております」
「そう。捜索しなさい。もし抵抗するなら、無理やり連れ戻してもいいわ」
「はっ!」
呪いは継続している。
姿は戻っていない。
ならば脅威にはならないと、シエリスは考えていた。
「復讐でもする気かしら? 無駄なことを」
もう女王の地位は自分のもの。
この国をまとめ、支配するのは彼女ではない。
その優越感と勝利の余韻に、彼女は酔いしれていた。
これからどれほど苦労するかも知らずに。
◇◇◇
森の中をひた走る。
脱獄もとっくにバレているだろう。
少しでも早く、この国を抜ける。
「はぁ……そろそろ国境かしら」
脱獄して一週間が経とうとしていた。
服はボロボロ、顔も汚い。
逃げるのに必死で、まともに食事や睡眠もとっていなかった。
元の私ならとっくに倒れている。
魔力があるおかげなのか、いつもよりも元気だ。
「さすがに疲れたわね……」
腰を下ろす。
逃げたはいいものの、これからどうするべきか。
何も定まっていない。
自由に生きる。
それができるようになったけれど……。
「自由って、どうすればいいのかな……」
今の私は空っぽだ。
空っぽの自分に、何ができるのかわからなかった。
そこへ脅威が迫る。
「魔物の気配!」
即座に立ち上がる。
すでに囲まれていて、唸り声が響いていた。
「レッドアイ……ウルフ系の魔物ね」
この辺りは魔物も多い。
すでに魔物とは何度かぶつかり、魔力のおかげで退けられた。
今回も同じだ。
魔力を扱い、炎をイメージ!
「燃えなさい!」
手のひらから放たれた炎がウルフを燃やす。
魔力の扱いにもだいぶ慣れた。
空っぽと言ったけど、この力を手に入れられたのは幸運だった。
「呪いに感謝なんて変な……」
身体に力が入らない。
まさか……。
「魔力切れ?」
ここにきて、魔力が尽きてしまった。
回復までには時間がかかる。
体力もないのに、無理矢理走ってきた弊害だ。
まずい。
本当にまずい。
まだウルフは残っている。
「っ……」
ダメだ。
上手く力が入らない。
動かない身体を、魔力で無理やり動かしていただけなんだ。
もう私の身体はボロボロで、今にも意識が飛びそうになる。
「逃げ……ないと……」
食われてしまう。
そんな終わり方は一番嫌だ。
こんなことなら、牢獄にいたほうが安全だった?
情けないことを考えてしまう。
人は死に際に多くのことを思い出し、後悔を募らせる。
ああ……結局私は、何のために生まれ変わったのだろう?
「伏せろ!」
「――!」
私は言われるまま、頭を下げた。
襲い掛かるウルフ。
それを刃が斬り裂き、退ける音がした。
「間一髪、だな」
「……あなたは……」
「俺か? 通りすがりの騎士だ」
「――!」
振り向いた横顔には、見覚えがあった。
懐かしさすら感じる。
私は彼を知っている。
そうか。
ここはもう、彼の国の領土なのだ。
いつの間にか私は国境を越えて、隣国アルザードに入っていた。
彼の名は――
「レント・アルザード」