表裏の狭間③
本日も講義が終わってから、私は一人レントの元へとやってきた。
もちろん現状報告のためだ。
彼には今日起こったこと、話したことを伝える。
「――ということになって、今は資料に目を通している最中よ」
「……」
「どうかしたの?」
「珍しいなと思って。お前が結論から伝えて、わかるよなってやらないのが」
「あれはからかっていただけよ」
「やっぱりそうなのか!」
レントはため息をこぼす。
今日からかわなかったのは、フレーリアさんについて相談したかったからだ。
「レント、彼女のことだけど」
「ああ、わかっている。学園にそんな資料があったなんて、俺も知らないぞ」
「ねぇ、あの子じゃないの? セミラミスの部下って」
「――!」
レントは驚いた顔をする。
突拍子もない発言だが、ただの思い付きというわけでもない。
彼女なら、セミラミスが求める情報の供給をなせる。
これ以上のない人材だからだ。
「ありえない! とは言えないか……実際、ルイスの件もある。違いがあるとすれば、彼女の家柄は代々国に貢献してくれている名家だということだ」
「エリーシュ公爵家ね。そっちは私より、レントのほうが詳しいでしょ?」
「ああ、調べるまでもないよ」
エリーシュ公爵家は、国の政策に関わる大臣の一角を担っている。
いわゆる貴族の中でも上澄みで、王族に準じる立場だ。
そして国王ではなく、二人の王子を支持している貴族でもある。
「エリーシュ公爵には助けられている。彼は誠実な人だ」
「あなたが言うならそうなんでしょうけど、娘のほうはどうなの?」
「……前に話した通りだよ」
彼はフレーリアさんのことが苦手らしい。
理由は彼の眼に、フレーリアさんは人形のように見えるから。
魂が見えない私には理解できない感情だが、不思議なことに少しだけわかる。
何度も会話をする中で、彼女という人間の不気味さがわかるようになっていた。
彼女はいつも、笑っている。
どんな時も、決して笑顔を崩さない。
表情が変わらないのだ。
それこそ魔法を使っているのかと疑うほどに。
「もしセミラミスと通じているとしても、彼女は魔女じゃないわ」
「根拠は?」
「魔力を一切感じないから。ルイスのように消すことは、あのセミラミスでもできないことらしいわ」
魔力に性質があることは、すでにレントにも伝わっている。
魂が見える彼の眼には、ハッキリとではないが魔力の流れも感じ取れるらしい。
彼の眼でも、ルイスの魔力は見えなかった。
あのレベルで気配を消せるのは、ルイスの性質あってこそだ。
「人間で、魔女であるセミラミスに協力している……ということになるのか」
「そうなるわね」
「……」
レントは複雑な表情をしている。
セミラミスの目的は、魔女が支配する国を、世界にすることだ。
それに人間が協力するメリットがあるのか?
少なくとも、私には感じられなかった。
だからこそ、彼女の誘いを断った。
仮に人間が彼女に協力しているのなら……。
「相応の理由があるはずだ」
「理由……」
フレーリアさんが怪しいと仮定して、彼女がセミラミスに協力する理由を考える。
何がある?
この国でも屈指の名家に生まれて、学園でもトップに君臨する。
人々から慕われ、欲しいものは何でも手に入るような環境……。
そんな人が何を望むのだろうか?
やはり勘違いか。
と思ったところで、彼女と交わした会話のワンシーンを思い出す。
「……まさかね」
「心当たりがあるのか?」
「……正直、微妙よ」
「何でもいい。可能性があるなら探ってみるべきだ。必要なら俺も協力しよう」
「協力してくれるの?」
「ああ、俺にできることならな」
これは嬉しい返事を先に聞くことができた。
だったら方法はある。
私は悪い笑顔を見せる。
「リベル?」
「ちょっとした賭けをしましょうか」
「賭け?」
◇◇◇
翌日。
私は月下会専用の部屋に訪れた。
現在は講義中だ。
ルイスはいると面倒なので、今回は講義を受けてもらっている。
「失礼します」
「あら? こんにちは、リベルさん」
「こんにちは、フレーリアさん。今少し、お時間よろしいでしょうか?」
「ええ。今日は一人なのね」
「いえ、もう一人来ています。その方を紹介したいと思いまして」
「紹介?」
遅れてもう一人、部屋に入る。
フレーリアさんは眼を丸くして驚く。
それも当然だろう。
私が連れてきたのは、学園の生徒ではないのだから。
「レント殿下!」
「こんにちは、お邪魔するよ? フレーリア」
王子と言えど、この部屋に入る機会などめったにない。
レントは珍しそうに部屋の内観を確認する。
「随分と眩しい部屋だな」
「これは先代の会長が作ったもので、私ではありません」
「彼女から聞いているよ」
「リベルさん、これはどういう……?」
「以前お話しましたよね? 私はとある方の命令で、この学園にいると」
「――! そういうことでしたか」
さすが、理解が早い。
驚きの表情をすっかり落ち着かせ、普段通りの笑顔に戻る。
もっとも、驚きつつも笑顔だけは変えなかった。
本当に徹底している。
「リベルに協力してくれているそうだね? その礼が言いたくて、今日は無理を言って同行したんだ」
「そんな! 私が学園のため、会長としてするべきことに準じているだけですので」
「そうか。君が手伝ってくれるなら安心だ。彼女のことを任せるよ」
「もちろんお任せください」
「リベルは優秀だけど、ちょっぴり危なっかしいところがあるからな」
ちょっと、危なっかしいって何?
私はジト目で彼を見る。
レントはからかうように笑顔を向けた。
その様子を見ていたフレーリアさんが、笑顔を崩さず呟く。
「信頼されているのですね」
「もちろんだよ。彼女は俺が、もっとも信頼する女性だ」
「……それは羨ましいですね」
表情は依然として変わらない。
さて、どうなるか。
その笑顔の裏に隠された真実……あるのなら、さらけ出してやろう。




