表裏の狭間②
フレーリアさんが淹れた紅茶は美味しかった。
最後まで飲み干してから、彼女はどさっと束になった資料をどこかから持ってきて、テーブルの上に置く。
「こちらが、学園に通う全生徒の資料になります」
「す、すごい量ですね……」
ルイスが大きく口を開けて驚いていた。
厚みにして、私の肘から首くらいの高さがある。
「現在通っている生徒の分だけではなく、過去二年ほど遡ったものを加えてありますので」
「そ、それにしても多いような……」
「情報は生徒本人のものだけではありません」
なるほど。
生徒の家族や周辺の情報も含まれているのか。
学園になぜそこまで生徒の情報が集まっているのか疑問だが、これを見ることができれば、怪しい生徒をピックアップできる。
彼女の協力を仰いだのは正解だったかもしれない。
少なくとも……。
「わぁ~ すごいですね! リベルさん!」
「……」
こっちの天然魔女よりは使えそうだ。
私は小さくため息をこぼす。
「そうですね。見てもよろしいですか?」
「その前に、条件がございます」
「条件?」
「はい。リベルさん、ルイスさん。お二人には今日付けで、月下会に入会していただきたいのです」
「え!」
「私たちを月下会に?」
フレーリアさんは笑顔のまま頷く。
冗談で言っている、わけではなさそうだった。
私は彼女に尋ねる。
「理由を聞いてもいいでしょうか?」
「こちらの資料が、月下会が管理する資料だから、といえばリベルさんはわかってくださると思います」
「ああ……そういうことですか」
「ど、どういうことですか?」
どうやらルイスは理解できなかったらしい。
仕方ないので、私の口から噛み砕いて説明することにした。
「その資料は月下会のメンバーにだけ閲覧を許された資料だってことよ。私たちが見るには、月下会のメンバーになって、その資格を得るしかないということでしょう」
「その通りです」
「なるほど! でもいいんですか? 私たちが入っても?」
「はい。元々枠は空いておりますので、形式だけ入って頂ければ問題ありません。ご希望なら、そのまま月下会の一員として、私とよりよい学園を作る仕事をしませんか?」
「いいんですかぁ! リベルさん! 入りましょう!」
「あのね……私は目的があってこの学園に、一時的にいるだけなの。長居するつもりはないわ」
時折この子が魔女で、元セミラミスの部下であるという事実を忘れそうになる。
私たちがなぜここにいるのか、理解しているのだろうか。
少し不安になってため息をこぼす。
フレーリアさんは、冗談で言ったのだと思うけど。
「それは残念ですね」
「月下会には入ります。後で抜けて問題はありませんか?」
「はい。本人の意思を尊重いたします」
「ありがとうございます」
「では先に手続きだけさせていただきますので、その間に資料を見ても構いません」
了承を得たことで、山積みになった資料に手を伸ばす。
生徒一人あたり、大体十枚くらいの冊子になっていた。
身分の高い生徒ほど、家柄のことや記入内容が多いため、分厚くなるのだろう。
これに全て目を通すのはかなり時間がかかる。
一旦、卒業生は除外しよう。
セミラミスの口ぶりと、ルイスの存在を加味しても、彼女より上の学年は考えにくい。
「今年の一年生と二年生に絞って探すわ」
「了解しました!」
まずは仕分け作業だ。
最上級生と、卒業生の資料は取り除いていく。
これで資料の量は半分程度になるだろう。
「うーん……」
「まずは仕分けが先よ」
「わかっているんですけど、自分のがないかなーって気になって」
「そういうのも後で……いえ、見つけたら教えて」
「はい!」
彼女は、曲がりなりにも学園に潜入していた魔女だ。
資料に彼女のことがどこまで記入されているのかが気になる。
そもそも、どうやってこんな資料を作ったのかが疑問なのだが……。
「ありました!」
「見せて」
二人でルイスの資料に目を通す。
記されているのは家族構成から、彼女が養子になった経緯。
さらには養子になる前、ユーラスティア王国で暮らしていたことも記されている。
「うわぁ、なんか恥ずかしいです」
「そういうのはいいから。これ、全部当たっているのね」
「はい。私はここに来るまで、ユーラスティア王国にいました。両親はいなくて、私のことを拾ってくれた老夫婦に育ててもらったんですけど、二人も病気と寿命で亡くなって……」
「そう」
魔女がどうやって生まれるのか興味があった。
彼女の場合は、両親の記憶がないらしい。
思っていたより悲しい過去を持っていて、反応に困る。
「当てもなくて困っていた時に、あの人に拾われたんです」
「それについては書いてないわね」
「ですね。魔法を使ったからだと思います」
資料には辻褄が合うように、偽の情報が記載されていた。
ただし完全に偽者偽物、というわけでもない。
一部を改ざんし、大枠の流れは沿っている。
当然だが、ルイスが魔女であることも記載されていなかった。
それに……。
「私の資料はないのね」
「それはこれから作成するところですので」
そう言いながら、フレーリアさんがちょうど戻ってきた。
会話は二人にしか聞こえない声量だったが、近づいたことで今の発言だけ聞こえたのだろう。
「これからといことは、作っているのはフレーリアさんですか?」
「ええ。いろんな方や、実家にも協力してもらっています」
「す、凄いですね!」
「ふふっ、これもよき学園作りのためですよ。だから、リベルさん」
フレーリアさんは笑顔のまま、私に顔を近づける。
「あなたのことも、たくさん教えてくださいね」
「――そうですね」
直感的に思う。
この人は……敵にしないほうがいいと。




