表裏の狭間①
翌日。
私とルイスはとある部屋に招かれていた。
それは学園内でも特別な場所。
というのも、誘ってくれたのはフレーリアだった。
「こ、ここです!」
「なんでそんなに緊張しているのよ」
「だ、だって緊張しますよ! ここはあの月下会の会議室ですよ!」
あのとか言われても、私には馴染みがないから凄さがまったく伝わらない。
学園の最上階フロアの一室に、それは設けられていた。
学園生の代表が集う場所、月下会。
その会長であるフレーリアの許可がなければ、職員ですら簡単には入れない聖域。
「なんですよ!」
「……要するに無法地帯ってことね」
生徒会が学園と同等の権力を持って好き放題しているとか。
そういう設定はフィクションの中だけだ。
実際にそんな力はない。
ただしここは異世界、フィクションが現実になる。
私は小さくため息をこぼし、ノックをする。
「――どうぞ」
中からフレーリアの声がして、私たちは部屋に入る。
そこは学園の一室とは思えないほど豪勢で、眩しいくらいに金色がたくさんある部屋だった。
長いテーブルの先に、仰々しい椅子に座った彼女がいる。
「おおー」
「いらっしゃいませ。待っていました」
「凄いですねここ! キラキラしていますよ!」
「成金の部屋みたいね」
「ちょっ、リベルさん!」
つい本音が口から出てしまった。
誤魔化すのも無意味なので、開き直って笑って見せる。
すると、フレーリアも笑顔を返す。
「私もそう思います」
「え?」
「ここの内装は、私が会長になる前に作られたものです。私はもっと地味で落ち着いた雰囲気のほうが好きですので」
「そうだったんですか!」
よかった。
彼女の趣味で成金部屋になっているわけじゃないのか。
先代はきっと、お金と権力が大好きな、ザ、貴族みたいな人だったに違いない。
「こちらにお座りください。今、お茶を淹れます」
「え? フレーリアさんが淹れてくれるんですか?」
「ふふっ、こう見えて得意なんですよ」
「意外ですね。貴族のご令嬢なら、御付きの方でもいらっしゃるのかと思いました」
紅茶を淹れる手を止めないフレーリアに質問した。
彼女はニコッと笑いながら答える。
「この学園に所属している間は、私も一人の生徒です。身の回りのこともできないようでは、立派な大人になれません。一通りのことは自分でやれるようにしているのです」
「おお……凄いですね」
「あまり貴族らしくない考え方ですね」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
彼女は淹れた紅茶を私たちに提供した。
「自らを律し、自らの力で道を切り開く。それがエリーシュ公爵家が代々継承する考え方なのです」
「そうなのですね」
貴族らしくないと言ったけど、訂正しておこう。
他人に頼らず、自分一人の力で成立させる。
その傲慢さたるや、まさに貴族らしい考え方だ。
「だから、他に誰もいないのですか?」
「そ、そういえば、他の会員の方々とかは……? あ、美味しい」
ルイスは緊張しているのか平気なのか、よくわからないメンタルだ。
しゃべりながら普通に出された紅茶を飲んでいるし。
確かに美味しい。
「会員は私一人です。他にはいらっしゃいません」
「え? 一人で月下会を? 大変じゃないんですか?」
「そうですね。大変な時もありますが、今のところは問題ありません」
「さすがですね」
一人で何でもできる、という名家の考え方に即している。
ちょっぴり嫌味を込めた言い方だったが、彼女はまったく気にせず笑いかけてくる。
「他の方が一緒だと、どうしても気を遣ってしまうのですよ」
そんなことを言って、本心は誰かに任せるより、自分がやったほうが早く終わるから、とかじゃないだろうか。
彼女は本質的に他人を信用していない。
根拠はないが、彼女の笑顔を見ていると、そんな気がしてならなかった。
「だからこうして、誰かを部屋に招き入れるのも初めてです」
「こ、光栄です!」
ルイスはすっかり彼女の持つカリスマ性の虜になっている。
私は若干のうさん臭さを感じているので、感心はしつつも一線を引いていた。
それを感じ取ったのか、フレーリアは私に尋ねる。
「リベルさんは、この学園のことをどうお考えですか?」
「どう、というのは?」
「率直に、好きですか? 嫌いですか?」
「好き嫌いですか?」
「はい。気になるのです」
「……特にどちらでもありません。私は編入したばかりですし」
そもそも興味がない。
ここにいるのは任務のためで、一時的なものでしかない。
好きになる必要も、嫌う必要もなかった。
「そうですか。私はあまり、好きではありません」
「え?」
「月下会の会長が、ですか?」
「はい」
彼女は頷いて、窓の外を見つめる。
「この学園は、優秀な人材を育てるための場です。才能があり、努力すれば等しく平等に扱われるべきなのに、現実は違います」
ああ、威張ってるだけの貴族もいるしね。
私が懲らしめた男子生徒みたいな。
「権力や地位は大切です。ですがそれにおぼれ、過信しては人は成長しない。それに気づいてほしい。気づける場であってほしい。それが、この学園に求める私の理想……」
「……」
「といっても、これはレント殿下のお言葉なのですが」
「殿下の?」
唐突にレントの名が出て、少し驚いた。
「あの方とはよくパーティーなどでお会いします。そこで学園について話すこともありますから、その際にお聞かせくださったのです」
「そうでしたか」
確かに、レントなら言いそうだ。
王族でありながら、その在り方や地位に疑問を抱く言葉を。
「感銘を受けました。私もそうありたいと、思うようになったのです」
「いいお話ですねぇ」
「……そうね」
なぜだろう?
ただの世間話なのに、心にモヤっとした違和感を覚えるのは。




