学園のアイドル③
私はルイスと一緒に講義を受ける。
受ける講義を選ぶのも面倒なので、ルイスに選ばせた。
どうせ何を受けても寝るだけだ。
「じゃあ寝ているから。終わったら起こして」
「はい! お任せあれ!」
ルイスを味方につけたことで、寝過ごす心配がなくなったのは利点だ。
これで心置きなく眠れる。
レントの隣にいたら昼間から寝るなんて不可能だった。
そう考えると、この役割も満更悪くない。
◇◇◇
これは夢だ。
そう確信したのは、目の前の光景がありえなかったから。
「ここは……」
ユーラスティア王国の中庭。
私が二度と、足を踏み入れることのない世界。
否、それだけじゃない。
どこか不思議な懐かしさを感じる。
「なんでこんなに懐かしいと思うの?」
「――それはきっと、俺たちの記憶にある場所を再現しているからだな」
声が聞こえて、振り返る。
彼は呆れたように笑いながら、私のほうへと歩み寄る。
「レント」
「まったく。任務中に爆睡する奴があるか?」
「……ひょっとして本人?」
「ああ」
夢にしてはリアルすぎる。
しかし夢であることは確信できた。
と同時に、現れたレントの態度や口調から、彼がただの夢の住人でないことを察する。
「これも聖人の力なの?」
「天啓のちょっとした応用だ。自由には使えないが、こうして眠っている対象と意識を共有できる」
「夢にまで入り込むなんて、新手のストーカーね」
「ストーカー」
「迷惑なファンってことよ」
「酷い言われようだな。俺もまさか、通じるとは思わなかったよ。これが通じるってことは、今の君は睡眠中ということだからね」
「……」
まったく言い逃れできなかった。
実際、私の本体は爆睡中だ。
「隣にルイスがいるだろう? いいのか? 寝ている間に何かされるかもしれないのに」
「大丈夫よ。あの子は純粋すぎる。スパイには向かない」
「それは同感だがな」
そう言いながら、彼は私の隣に座った。
「この景色は、俺たちが出会った頃のままだ」
「ああ、そういうこと。だから余計に懐かしいのね」
王国の中庭は、私が女王になってから一度改修されている。
老朽化が進んでいた部分を作り直した。
それによって景色も変わってしまったが、ここは私の記憶を元にした夢の世界。
描かれるのは、過去の記憶だ。
「懐かしいな。あの頃はよく木剣でボコボコにされた」
「あなたが弱かっただけよ」
「お前が強すぎたんだ」
「ふふっ、今やったら逆になるし、もう二度とやらないわよ」
「それは残念だ」
彼と世間話をするのも久々だ。
顔を合わせれば仕事のことばかりだったから。
女王だったからこそ、王族の多忙さは知っている。
特に彼の場合、国王がここにいない。
重圧と責任は、兄の分を差し引いても一介の王子と比較にならないだろう。
「いいの? 私の相手なんかして」
「心配するな。これは俺にとっても夢みたいなものだ。現実の俺は今も仕事中」
「そうなの? じゃあ覚えていないのかしら?」
「夢が晴れたら記憶は共有される。ここにいる俺は意識の一部が分離した状態だと思ってくれ」
つまり本体とは無関係に、意識の一部だけ切り離して他人の夢に入り込めるのか。
相変わらず出鱈目な性能だ。
まさにチート能力。
どうして転生者の私じゃなくて、彼に宿っているのやら。
もしこの世界が漫画やアニメなら、彼が主人公で違いない。
「リベル、あまり他人を信用しすぎるなよ」
「急にどうしたの?」
「心配なんだよ。ルイスのこともある」
「あの子は大丈夫だって」
以前にも一度、彼女の隣で眠ってしまった。
あの時はまだ寝返っていない。
魔法が使える彼女なら、音もなく、周囲に気づかれることなく、私を殺すことだってできたはずだ。
そうしなかったのは、彼女が臆病……いいや、優しかったからだと思う。
「あなただって、本気で危ないと思ったら牢獄に入れていたんじゃないの?」
「そうだな。その通りだ」
「やっぱり。私からしたら、レントのほうが心配よ」
「俺が信じているのは肉親と、お前だけだよ」
「私は肉親と同列?」
「不服か?」
「別に」
ちょっと嬉しいと思ってしまった。
彼に信頼されていることが。
「じゃあ代わりに、私もあなただけは信じてあげてもいいわよ」
「なんで上から? まぁ嬉しいけど」
「ふふっ、ん? 世界が薄らいできたわね」
「目が覚める頃合いだ」
レントが立ち上がる。
「じゃあな。ゆっくり話せてよかったよ」
「そうね。偶にはいいでしょう? のんびりするのも」
「そうだな」
「あなたもサボったりすればいいのに」
「ははっ、そんな余裕があったらいいな」
少し寂しそうに笑う彼の表情は印象的で、私の心に残された。
◇◇◇
「リベルさん、もう終わりましたよ」
「……」
目が覚めると講義が終わっている。
すでに生徒たちは移動を開始していた。
「ぐっすりでしたね」
「……」
「リベルさん?」
「ルイス、次の講義は参加しないわ」
「え?」
私は立ち上がり、歩き出す。
「どうしてですか? 何か予定でも?」
「ちゃんと探すための作戦を考えるわ。あなたも知恵を貸して」
「は、はい!」
柄にもない。
でも、私ばかり楽をしているのは、なんだか申し訳ないと思ってしまった。
私が寝ている間にも、彼は働いている。
その大変さは、女王だったからこそわかるから。
「仕方ないわね」
信頼してもらっている分は、ちゃんと働こう。
彼が堂々と休めるように。




